2025年後半読書日記

【2025年後半】




 

◎2025年12月29日『私の戦後80年』岩波書店編集部

☆☆☆☆☆各人各様の戦後80年だが、戦前体験者の言葉は重い

岩波書店編集部が戦後80年に寄せて各界各世代から言葉を募ったアンソロジーだが、さすがに岩波だけあって、多彩な著名人が登場する。石破茂前首相や福田康夫元首相も登場し、真摯で含蓄のある発言をしている。

冒頭に俳優の松重豊氏が登場するのはなぜかと思ったが、長崎出身で親戚に多くの被爆者がいるとのこと。さすがにユーモアあふれる語り口だが、戦時モノを演じるのは覚悟がいるという。その意外な理由はここでは書かないが、演じる側は「戦時に生きる者としてのリアリティ。これをどう自分の肉体に落とし込むかが大前提」で、特に戦場のシーンでは「集団狂気」を演じるリアリティが求められるのだという。そのうえで、映画の本質は「愛と平和」だと結ぶ。

登場する人たちの中で、やはり戦前に生まれて敗戦を体験した人々の言葉は貴重である。1925年生まれでシベリア抑留を体験した西倉勝氏は、その過酷な体験を長く秘めてきたが、90歳を過ぎてから語り部活動を始めたという。また、堂本暁子氏は、仕事でアメリカにいた父親が日米開戦後に強制収容され、そこで病死した。自らも機銃掃射と不発弾の恐ろしい体験をしたと語る。「愛国心の強制、自国第一主義、他民族差別の先には戦争が待っている」という言葉は自らの経験に裏打ちされている。

 

私がもっとも印象深かったのは1934年生まれの憲法学者樋口陽一氏で、21世紀になって「気がついてみれば、あらゆる場面でこれまで保たれてきたバランスが崩れ、人類社会全体が急激に崖っぷちまで追い詰められている」という現状認識を示し、「もっと深刻なのは知の世界、具体時には知識人層の解体」だという。確かに、SNSの席巻と見たいものしか見ないエコーチェンバー現象のなかで、知識人や報道機関の発信力はかつてなく低下し、「思想の自由市場」を基礎とする民主主義は危機に瀕している。それでも樋口氏は、「まっとうな意味での市民ひとりひとりの存在に、かすかな希望をつなぎたい」というのだが。

 希望という点では、90歳になって語り部活動を始めた西倉氏や、戦後70年を気に『野火』の上映運動に取り組む塚本晋也監督の活動など、比較的若い世代の寄稿が励みになるといえようか。



 

◎2025年12月26日『〈幕府〉の発見』関幸彦

☆☆覇府か幕府か? 観念的議論に終始

鎌倉幕府以来の武家の政権を「幕府」と呼ぶのは江戸時代末期の水戸学以降のことであり、幕府の元の意味は将軍が陣を置く幕屋のことであった。例えば、江戸時代の徳川政権は「公儀」と称していた。こうした理解は私も有していたが、著者は本書でこの近代の「幕府」の意味を改めて深掘りしようとする。

著者によると、「幕府」とは統治の象徴を朝廷・天皇に見立てたときに「調教された武家」の呼称といい、これに対立する概念が「覇府」なのだという。

この結論を、著者は新井白石『読史余論』と頼山陽『日本外史』の対比、あるいは明治以降の田口卯吉と官学アカデミズムの対比、さらには中田薫と牧健二の守護・地頭論争などを引用しつつ論じていくが、議論は文献解釈による観念的なものに終始しており、著者自身が書いているように序文にその主張は出尽くしている。

 

確かに、天皇による「征夷大将軍」任命が幕府の成立根拠になるのなら、武家政権が朝廷の権威の下に秩序づけられることは容易に理解できる(これを「調教」と呼ぶかどうかは疑問だが)。そして、新井白石が武家支配の不変を疑わなかったのが、支配の揺らいだ幕末には水戸学の「大政委任論」の逆の帰結として「大政奉還」と「王政復古」が起きた論理的展開も理解できる(ただし、大政奉還は武家支配の延命策だが、王政復古はその否定という大きな違いがあり、王政復古は大政委任論の帰結というよりもまさに「クーデタ」だったわけだが)。

しかし、問題は天皇・朝廷と武家の力関係であり、これを「調教」というか、たんなる「権威付け」というか、さらには「権門体制」というかは、その支配体制の歴史的内実によるというべきだろう。この点に関し、本書では歴史学者らしい史実や史料による裏付けがまったくない。

私自身の関心としては、鎌倉幕府成立前の「東国国家」や諸国独立の様相を呈していた戦国大名の領域支配が天皇・朝廷の権威否定(易姓革命)に至らなかったのはなぜか、というほうが興味がある。



 

◎2025年12月21日『古墳時代の歴史』松木武彦

☆☆☆☆☆古墳時代のヤマトは「物流センター」として発展!?

考古学の立場から古墳時代を大胆に推論し、国際情勢との関連からもスケールの大きな論を展開している。

昨年、著者の『古墳』(角川ソフィア文庫)を読み、200に及ぶ多数かつ多様な古墳の写真に驚いた(レビュー済み)。そこでも、大王を頂点とした地位表示とみる古墳研究の主流を見直すと宣言されていたが、本書は著者の説を体系的に示すものだ。日本全国の多数の古墳と副葬品等の該博な考古学的知見と最新の年代評価に基づき、文献史学ではわからなかった古墳時代を再構成する意欲的な著作である。

 

まず、著者は、『三国志』で有名な黄巾の乱と後漢の滅亡から説き起こす。この変動がそれまで日本の政治経済の軸だった「後漢-北部九州」ラインを揺るがせ、『魏書』に記された「倭国乱」の動乱の時代をもたらしたのだという。そこで、著者は当時の日本の政治勢力を、外交と交易の先進地帯である北部九州、日本海交易の拠点である山陰・北近畿・北陸、内海航路と農業生産の瀬戸内、農業生産の「肥沃な三日月地帯」であり瀬戸内と日本海につながる交易拠点でもある近畿・東海、新開地である東海・関東の5大地方圏に分け、それぞれが競合しながら人的物的な交流をしていたとする。

そして、古墳はこれらの大地方圏をまとめる氏族(クラン)のシンボルなのだという。すなわち、氏族の「メンバーの死に臨んで個別に墳丘を築き、並べ合い、その形や大きさを比べ合うことで、集団の関係性を内外に向けて象徴し、記念するという習わしが古墳である」とする。

こうした中で、3世紀前半にはヤマト地方に傑出した古墳群があらわれる(桜井市の纏向遺跡)。ヤマト地方は遠距離交通のハブとして巨大化し、いわば「物流センター」の役割を果たしていたのだとする。なお、纏向遺跡の一角にある箸墓古墳について、著者は『魏志倭人伝』の邪馬台国女王、卑弥呼の墓ではないかと推論している。

ただし、著者は、古墳時代は「大王」と呼べる支配者は存在せず、門閥氏族の「諸王割拠」の時代が続いたと考える。

その後、ヤマト型の前方後円墳と祭儀が全国に広がるが、記紀のヤマトタケル伝説の東征経路はその古墳と祭儀の広がりに地域的に呼応しているとのこと。

 

4世紀の古墳の巨大化、特にカハチ(河内)地方の古市・百舌鳥古墳群について、著者はヤマト門閥氏族が2つに分かれて強大化したもので、その背景には370年前後の百済との通交、朝鮮半島への出兵と高句麗との戦い(広開土王の碑)があるとする。この軍事的緊張をバックに「応神新体制」ともいうべき軍事連合政権が成立し、男系大氏族への統合が進んだという。



 

◎2025年12月15日『対立 P分署捜査班』マウリツィオ・デ・ジョバンニ

☆☆☆☆☆「ろくでなし刑事たち」の生き様とナポリの空気感が素晴らしい

このシリーズは全て読んでレビューも書いている。

不祥事を起こして閉鎖の危機にある警察署に寄せ集められた「ろくでなし刑事たち」が協力し、各人各様の能力を発揮して難事件を解決していく面白さに加え、ナポリの下町の庶民的で猥雑な雰囲気とナポリ湾の絶景を臨む高級住宅地のアンバランスさが物語に彩りを添えている。

ナポリに行ったことのある人なら、トレド通りを抜けてナポリ湾に至る地域のイメージはなるほどと思い当たるのではないか。

 

本書の物語は、伝統的な天然酵母を使うパン屋の主人の殺人事件だが、彼がマフィアの銃撃事件の証人であったために組織犯罪特捜部との対立がメインとなる。実は、イタリアの司法当局とマフィアの闘いは担当裁判官や検察官が殺害されたほど激烈なのだが、イタリアの読者は誰でも知っているその背景を解説では触れてほしかった。

 

他方、刑事たちの私生活が描かれるのが警察ものの最近の定番だが、「ろくでなし刑事たち」の場合は、離婚して娘との生活に悩みつつ密かに恋人との逢瀬を続けるロヤコーノ、障害者の息子の介護をしつつ特別扱いされたくないと思うオッタヴィア、ゴミ箱から救助した赤ちゃんに情が移り養子にしたいと悩むロマーノ、同性愛で親との葛藤に悩むアレックス等々、現代イタリア社会の断面を垣間見させてくれる多彩な設定であり、とても興味深い。


 

◎2025年12月13日『過去と思索(五)』ゲルツェン

☆☆☆☆反動と停滞の時代の「傍観者」として

 前巻に引き続き著者の「家庭の悲劇の物語」、すなわち妻ナタリーをめぐるヘルヴェークとの三角関係の苦悩とその後の妻の死が語られる。その中には、ヘルヴェーク側の人間として作曲家リヒャルト・ワーグナーまで登場するのだが、当時、ワーグナーは1949年のドレスデン蜂起の首謀者として逃亡中だったはずで(後にパトロンになったバイエルン国王ルートヴィッヒ2世に免罪される)、著者の交友関係の広さを感じる。

 妻ナタリーの死後、1852年に著者はロンドンに移り、印刷所を設立して革命思想の宣伝をはかろうとする。当時のロンドンは大陸諸国の亡命者たちが多数集まっていたらしいが、亡命者たちは自由主義から社会主義、無政府主義まで様々であり、著者の活動は次の言葉にあらわれている。

「われわれは至るところで、常に伝道を行なった・・・われわれはデカブリストとフランス革命とを、ついでサン・シモン主義とその革命とを伝道した。われわれが伝道したのは憲法と共和制であり、政治的な書物の講読や一つの結社への力の結集であった。しかし、何にもましてわれわれが説いたのは、あらゆる暴力、政治権力のあらゆる横暴に対する憎悪であった。」

 しかし、革命運動内部の分裂と対立により、やがて著者は意に反して「傍観者」あるいは資金提供者のようになってしまう。貴族階級出身で財産も持っている著者は「革命思想のディレッタント」と批判されたようだ。これに対して著者は言う。

「貧しい人たちだけが社会制度による痛みや苦しみに対する排他的な独占権を持っていると主張することは、あらゆる排他的独占の場合と同じように、不当なことだ。福音書的慈善や民主主義的な嫉妬をもってしては、施しと暴力的な掠奪以上には、また財産の分配と共通の貧困以上には出ることがない。」

 この言葉は後のロシア革命後の事態を予言するようである。

 

 本書の後半では、ヴィクトル・ユーゴーやジョン・スチュアート・ミルへの言及、さらにはイギリスのパーマストン政権が導入しようとした弾圧立法「共同謀議防止法案」の挫折、その関連の弾圧裁判の陪審による無罪評決が語られている。

  ジャージー島に亡命していたユーゴーに対する著者の評価は「政治家であるには、彼はあまりに詩人」というものだが、『死刑囚の最後の日』については「すべての者をして死刑の問題について深く考えさせた」と書いている。

 ミルの『自由論』については、政府に対してではなく「社会や習俗」の不寛容と凡庸に対して自由を擁護していると論評し、「われわれの時代の知的優位にもかかわらず、すべてのものは凡庸へと進み、個性は群衆の中に埋没しつつある」という言葉を引用する。すでに始まっていた大衆社会現象への着目が興味深い。

 医師オルシーニをナポレオン三世暗殺の共同謀議で処罰しようとした弾圧裁判については、弁護人エドウィン・ジェームズの鮮やかな反対尋問で警察のスパイ活動が暴かれる場面がユーモラスに、そして無罪評決への群衆の喝采が感動を込めて描かれている。

 同時代からの報告として興味深く読んだ。


 

◎2025年12月5日『志と道程』宮本康昭

☆☆☆☆☆9歳にして「一度捨てた命」 裁判官再任拒否までの気骨の前半生を語る

 著者は1970年代の「司法の危機」の時代に裁判官再任拒否事件の当事者となった元裁判官だが、本書には再任拒否事件までの著者の前半生が語られていて、とりわけ全体の約4割を占める戦前の旧満州国での生い立ちから敗戦後の引き上げまでの記載が圧巻である。

 

 著者は父親が領事館警察官(後に満州国警察官)として満州に移住していたことから、旧満州国の奥地チチハルで生まれ育った。戦前の満州移民政策については多数の文献があるが(近年では『満蒙開拓団 国策の虜囚』加藤聖文など *レビュー済み)、本書では子どもの目から見た満州国での日常生活が描かれていて興味深い。ただ、敗戦時のソ連軍の侵攻による混乱と敗戦後の引き上げについてはご多分に漏れず苦難を極め、帰国は194610月となった。多数の歴史書に記載されているように、引き上げは軍関係者と満鉄関係者、大使館関係者が優先され、著者の家族を含め一般市民は取り残された(「棄民」政策である)。著者は父親から青酸カリと拳銃を渡され、ソ連軍が来たら自殺するように言い渡されたという。9歳の子供にして、まさに極限的な体験である。著者はこの時のことを「一度捨てた命」と書いており、次のように語っている。

「敢えていえばその感覚――生への感覚は、あれ以後80年たった今に至っても残っているように思います。死は怖くない、といえば言いすぎですが、死はいつ来ても差し支えないという感じはあります。」

 この極限的な体験が、その後の著者の生き方、司法反動の時代にも堂々と信念を貫き裁判官再任拒否に至った気骨の生き方のバックボーンを形成しているのだろう。

 

 引き上げ後、著者は熊本県菊池の父親の実家で育つが、実家は農地解放前は小作人の貧農で、父親が抑留されたソ連で死去したため、農作業をしながら学業に励んで九州大学に進学する。学生生活は仕送りなし、学生寮と特別奨学金、アルバイトで賄ったという(私自身も、学生寮と特別奨学金、授業料免除とアルバイトで学生生活を送った貧乏学生時代を思い出す)。こうした体験は、法律家となって社会的弱者や勤労階層に寄り添う姿勢につながったはずだ。

 

 司法試験受験から判事補時代の活動については、当時の自由な雰囲気を彷彿とさせて興味深い。

 司法試験の口述試験では教養科目で哲学者の谷川徹三(詩人谷川俊太郎の父)が試験委員だったというが、いったい何の科目だろうか?

 司法修習生と判事補時代には、折しも三井三池大争議の時期の熊本地裁、東大紛争の安田講堂事件後の東京地裁といった大事件の渦中で著者は活躍している。60年安保と三井三池争議には裁判所からもデモに参加していたというから、当時の裁判所の自由な気風を感じさせる。東京地裁刑事14部の勾留請求却下率は、著者の在任した1960年代後半で20%を超えていたという(現在は4%程度)。

司法反動期前の青法協裁判官部会の活動と、突如始まった青法協攻撃以降の経緯も簡潔に記載されているが、関係者はすべて実名である。後に最高裁長官になった町田顕氏や政治家となった江田五月氏は青法協裁判官部会分離独立論の主唱者・推進者として挙げられている。なお、満州時代を含めて登場人物はすべて実名で書かれているが、ほとんどの人たちは鬼籍に入っているのだろう。

著者の裁判官再任拒否は最高裁からの情報で予期されており、再任拒否の通知が来たとき、任地の熊本地裁管内の裁判官全員による最高裁宛の要望書がすぐに発送されたという。


 

◎2025年11月27日『戦下の読書』和田敦彦

☆☆☆☆戦時下の「読書指導」は詳細だが、読者の生の声がわからない

 戦時下の思想統制を出版の側からでなく読み手の側から解明しようという問題意識の下で調査研究した労作である。

 まず、アジア太平洋戦争の時期に読書指導と表裏一体に読書調査が盛んに行われていたというのが驚きである。戦時中は読書どころではなかろうというイメージだったが、逆に、国民を戦争に総動員するためのイデオロギー装置として読書が重視されていたのだ。文部省や内務省あるいは地方自治体の行政主導で、図書館や民間をも巻き込みつつ読書指導と読書調査が行われた。指導・調査対象も高学歴層だけでなく児童、女性、労働者、農民にまで及ぶ広範囲なものである。

 

 ただ、当局の戦時の思想統制と読書指導の方針は詳細に示されており、国家がここまで個人の読書に介入するのかと感じさせるが、これに対する読み手の側の反応については、読書調査結果をみても概括的な読書傾向が統計で示されているだけで、読み手の現実の姿や声は見えてこない。そもそも大逆事件や治安維持法、天皇機関説事件、滝川事件といった厳しい弾圧と思想統制の時代に、読書調査される側が正直に回答したかどうか疑問である。禁止された社会主義関係の本はもちろん、自由主義や民主主義に関連する本も、回答者は読んだとも所持しているとも回答しなかったはずだ。逆に、当時推奨された『国体の本義』をはじめとした神話的天皇制賛美の本や大東亜戦争プロパガンダ本を読んだと回答した人も、その反応は必ずしも当局の期待通りではあるまい。

 他方、読書指導で小説が軽視される中で、夏目漱石や島崎藤村といった文豪は根強く読まれているし、万葉集などの古典も読まれていることが調査結果に出ている。著者はこれらにはあまり注目していないか、現実逃避的な意味を見るようだが、当局のイデオロギー統制に対する抵抗という側面もあったはずだ。

 なお、西田幾多郎の『善の研究』のような難解で面白みのない本がなぜ多数の学生らに読まれたのか不思議だったが、本書によるとベストセラーになった倉田百三『愛と認識との出発』が西田を賛美していたことが深く関わっているという。すなわち、西田の思想というよりも、「『善の研究』は、倉田を経由して、マルキシズム批判、唯物論批判となり、そしてまた、天皇を中心とした民族主義、ファシズムを支える行動原理ともなっていく」というわけだ。



 

◎2025年11月23日『午後』フェルディナント・フォン・シーラッハ

☆☆☆☆芸術家の孤独をシニカルに描く連作

 26編の連作だが、短編小説的なものからわずか1頁にも満たないショートショートまである。雑誌連載にしては不揃いだが、あるいは著者が表題の「午後」のひとときに書きためたものだろうか(解説で触れてほしかった)。

しかし、内容は凝縮されており、著者の過去の著作やそのバックグラウンドとなる文学や芸術の知識がある程度は必要だ。例えば、24番の小説『山猫』を題材にした話は、ヴィスコンティの映画を見ていない人にはその面白さがわからないだろう。

ちなみに、著者は、自らの人生を変える衝撃を受けた芸術として、文学ではトーマス・マン、トマージ・ディ・ランペドゥーサ、イーヴリン・ウォー、アルベール・カミュ、マルクス・アウレリウス、美術ではアルベルト・ジャコメッティとカスパー・ダーヴィト・フリードリヒを挙げている。

 

連作全体を通じて描かれているのは、作家である著者を含む芸術家の孤独であり、著者らしい高踏的でややシニカルな観点が言葉の端々にあらわれている。

例えば、錬金術師キーファーと女性詩人バッハマンについて書いた7番で、著者は次のように言う。

「芸術が生まれるのはつねに、芸術家が世界に不安を感じるからだ。この世界はその芸術家に合わない。芸術家は疎外されていると感じ、自分には居場所がないと思う。だからすべてを理解し、自分に相対するこの世界を整理し、音楽や美術や文学を通して真理を見いだそうとする。」

ところが、バッハマンが文学の使命を「新しい言葉による世界の変革」と言ったのを著者は間違いだと否定し、芸術に「使命」などなく「慰める存在」でしかないとする。

こうした著者の屈折した芸術観は、10番の「エレガントで、無敵だった」にもかかわらず心の拠りどころがなく酒に溺れた父親のようになりたくないと弁護士になったという著者の経験を反映しているのだろう。

この点、17番では著者の友人の言葉として「中庸」を引用しているのは印象的である。カール・ポパーの崇拝者だった友人は、ISによるヤズーディー教徒の大虐殺の現場を見てその悟りを得、オスロで「中庸」の実践としてスーパーマーケットを開業した。

さらに、23番では、「演奏の日程と旅行とレコーディングとコンサートとエージェントの要求」しかない人生は音楽と何の関係もないと言ってキャリアを捨てたピアニストの話が引用されるが、著者自身もガリマール書店の設定したインタビュー企画について、「私が書いたはずの本について語らなければならないのに、その本が他人の本のように思えた」と語っている。

自分自身をプロデュースしていかなければならない現代の芸術家の孤独と疎外感、さらには売れっ子作家の深い疲労を感じさせる言葉である。



 

◎2025年11月22日『過去と思索(四)』ゲルツェン

☆☆☆☆「革命的ロマン主義」の挫折と失意の日々

 本巻ではパリの1848年革命とその挫折後の著者とその周囲の自由主義者たちの悲喜こもごもの群像を描く。バクーニンやプルードンとの生々しい交流が興味深い。後者はその社会主義的な出版活動をフランス政府によって弾圧されたが、獄中から著者に雑誌出版の資金提供を依頼する。

 

 革命の挫折について、著者は参加した人々、特に知識人や芸術家たちの未熟さを「革命の合唱隊」と呼んで辛辣に評している。

「大部分の者は誠に浅薄で、途方もない気取り屋である。彼らはいかなる革命的な行動においても不動の保守主義者で、何かの綱領に固執して、先へ進もうとはしない。」

「世に認められない画家、不遇な文学者、自分の学業は修了したが学校の課程は修了していない大学生、法廷を持たない弁護士、才能なき俳優、大きな自尊心と小さな能力を持った人びと、忍耐力も実行力もないが、権利の主張においては誰にも負けない人びとなど」

 他方、著者はどうかといえば、ニコライ皇帝の妨害にもかかわらず、父親の莫大な遺産をロスチャイルド銀行の力を借りて無事に相続した。著者がプルードンの出版を支援できたのも、高みに立って「革命の合唱隊」やスイスに逃れた亡命者たちを批判できたのも、裕福な貴族階級の視点だといえなくもない。

 革命を抑えて時代の中心を担ったブルジョアジー(著者は「プチブル」と呼ぶ)に対する著者の批判もやはり貴族的なものである。

「騎士の勇敢さとか、貴族的風習の優雅さとか、新教徒の厳格な礼儀、英国人の誇り高い独立心、イタリアの芸術家の華麗な生活、百科全書派の輝かしい知性、テロリストの陰気な精神力──すべてこれらは別の支配的な風習、すなわちプチブル(町人)的風習の総和の中に溶解し、変質してしまった。」

なお、マックス・ウェーバーが「資本主義の精神」と評したプロテスタンティズムについて、著者は「キリスト教徒の良心と高利貸の仕事を和解させるような宗教」だが、「この宗教は、あまりにも町人向けであったために、それのために血を流した民衆は、これを捨て去った」と書いている。

 

 本巻の最後には著者の「家庭の悲劇の物語」が付け加えられている。これは著者の亡命先に転がり込んできたドイツ人ヘルヴェーク夫妻が著者の家庭を平和を乱し、夫婦間の危機と破綻までもたらした経緯を描いている。著者の妻ナタリーをめぐるヘルヴェークとの泥沼の葛藤が革命の挫折の苦悩の日々にさらに悲劇的な彩りを加えている。



 

◎2025年11月9日『三池炭鉱の社会史』猪飼隆明

☆☆☆☆☆日本資本主義発達史の裏面、まさに「地底のうた」

 三池炭鉱と言えば盆踊りの「炭坑節」を想起する人もいるだろうが(本書によれば元は筑豊・田川炭鉱の歌だったらしい)、現在では世界遺産に登録されている日本の近代産業遺産である。本書は明治以降の日本資本主義の発展を石炭の供給で支えた三池炭鉱の発展とその裏面である炭鉱労働者たちの苦難と闘争の歴史を描いている。

著者は日本近代史研究者として、『荒尾市史』の編纂に関わった際に三井文庫の史料に接したのを機に本書を書くことにしたと書いているが、詳細な史実とデータに基づく労作といえる。

 

 まず、三池炭鉱と三井財閥との関わりだが、明治初年に伊藤博文工部卿が後の三井物産初代社長の益田孝に三池産炭の上海での販売を依頼したという。三井物産はそのために設立されたとされ、以後三井財閥が炭鉱開発に深く関わっていく。

 炭鉱開発でもう一つ興味深かったことは、血盟団事件(1932年)で右翼に暗殺された財界人団琢磨の役割である。団は岩倉使節団に同行後、アメリカに留学し、帰国後は東大で工学・天文学を教えていたが、工部省に移り三池鉱山局技師となり、三池炭鉱が三井に払い下げられた後は炭鉱の事務長として迎えられ炭鉱開発の技術面と経営面で主導権を発揮していく。やがては三井財閥の総帥として財界のトップにまで上り詰めていくのだから、実に数奇な運命である。

 

 他方、炭鉱労働については、後藤象二郎に払い下げられた後に三菱の所有となった高島炭鉱が請負の「納屋制度」の中間搾取で度々暴動事件が起きていたことを踏まえ、三池炭鉱は直接雇用形態をとったとされる。炭鉱地元の荒尾市や大牟田市には労働者住宅の「炭住街」が形成された。

ただ、江戸時代の佐渡金山を想起させる囚人労働が明治大正期には大きな役割を果たしたという。炭鉱労働のための「三池集治監」が設置され、やがて「三池監獄」、「三池刑務所」と改称されたが、大量の囚人労働力を提供した。本書によると、1888年には三池炭鉱の囚人労働者は2144人で、なんと炭鉱労働者の69%にのぼっていたという。労働条件は極めて過酷で、柿色の囚人服に深編笠、草履履きで両足に鉄の重い鎖をつけていた。賃金は一般労働者の1割程度であり、まさに「資本の本源的蓄積」というべき収奪が行われたのである(これを山県有朋内務卿は「監獄の目的は懲戒」だから苦役は当然といったという)。

また、アジア太平洋戦争の戦時中は徴兵で減少した労働力を補うために、朝鮮人労働者が利用された(いわゆる「徴用工」である)。本書では1940年以降徐々に増加し、敗戦時には5000人程度いたとの統計を示している。さらに、敗戦時には5000人程度の中国人労働者もいたとされるが、こちらは日本の占領地域から文字通り「強制連行」された農民たちである。

 

炭鉱労働者の労働運動については戦後の大争議が有名であるが、本書には戦前の米騒動以来の争議や与論島から連れてこられた労働者に対する差別待遇の紛争も描かれている。

三池炭鉱は、「採炭・加工・運搬の業務が有機的に密接に結合された」大コンビナートを形成しており、そこに約2万人の労働者がいたというから、賃金や待遇をめぐる争議が大きくなるのは当然である。

戦前の争議は、第1次大戦の好景気の反動と大恐慌時代の賃金切り下げと大量解雇を巡って争われたが、戦後の争議は政府のエネルギー政策転換に伴うものだった。後者は石炭から石油へというイメージだが、本書によると高い国産炭から安い外国産炭の輸入への切り替えによる合理化と大量解雇だという。

争議の経過については、日本の労働運動史の頂点ともいうべき大争議としてあまりにも有名である。「おれたちは栄えある 三池炭鉱労働者・・・」と歌う長大な労働歌『地底のうた』(荒木栄作詞作曲)を聞いたことがある人もいるかもしれない。

労働側は家族ぐるみ地域ぐるみの大運動を展開し、スト期間中は「大行商団」を組んで生活支援を行い、スト破りに対してはピケで対抗する。これに対し、企業側も徹底抗戦で臨み、警察力の動員や裁判所の施設内立ち入り禁止仮処分で対抗し、戦後の日米安保闘争期の争議では暴力団を動員して殺人事件まで引き起こしている。

ただ、争議が長期化すれば資金のない労働側が不利になり、会社側の懐柔による組織の分裂、第2組合の設立と協定といった流れを経て、中央労働委員会の斡旋による(会社側有利な)斡旋案を飲まざるを得ないところに追い込まれていく。本書は、その経過の要点をよくまとめている。

 

 本書は最後の章で炭鉱災害についても書いている。

 石炭産業全体の災害犠牲者は、政府統計が始まった1898年から1999年までの1世紀間で死者56000人、負傷者450万人を数えるという。恐るべき数字である。このうち、三池炭鉱については1963年の三川坑炭塵爆発の死者が爆死者20人、CO中毒による死458人、中毒患者839人とのデータが示されている。地下1700mに及ぶ地底での安全確保が疎かにされていた企業責任が当然問われたが、検察は不起訴にしている。

 事故から10年以上後にこの事故について損害賠償訴訟が提起され、原告勝訴判決が出たのは1993年、三池炭鉱の閉山は1997年であった。



 

◎2025年11月3日『過去と思索(三)』ゲルツェン

☆☆☆☆☆2度目の流刑、スラブ派との論争など

3巻は、著者の2度目の流刑と1840年代の西欧派とスラブ派との論争が描かれる。

 1度目の流刑から戻り、内務大臣官房の職を得た著者だが、警察官による権力犯罪に関する町の噂を話したことから再度の流刑となる。当時のペテルブルクではスパイと密告が横行していたのだ。

その結果、著者は古都ノブゴロドの参事官となるが、常に警察の監視下におかれることになる。

ノブゴロドでも貴族の腐敗と下僕や農奴に対する暴虐、分離派教徒に対する襲撃と弾圧がエピソードを交えて描かれている。分離派教徒で聖者と崇められていた老人の死と埋葬について、著者は信者らが「老人が生前からすでに奇蹟を行なう力を持っていたし、また彼の遺体は腐敗することがないと固く信じている」と書いているが、このエピソードは『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の死の場面を想起させる(聖者の死にも関わらず臭いがしたことが騒ぎとなる)。

 

後半は著者がモスクワに戻った後、出国するまでの間のロシアのインテリゲンチャたちの状況が描かれるが、ニコライ皇帝の反動政治の下で、改革派は苦しい状況にある。そうした中で、西欧派に反発する「スラブ派」が台頭するのだが、彼らの強調する歴史的愛国主義やロシアの国民性、正教重視という議論の中に、著者は「ロシア的生活の本源的な力」の重要性を見ようとする。

すなわち、「ピョートル以前の」国家生活の貧困と野蛮に戻るのではなく、西欧の思想のみが「スラヴ人の家父長的生活様式の中にまどろんでいる胚芽を実らせることができる」のであり、農村共同体を「未来の、自由な共同体的生活様式の建物を作る際の礎石」とする。そして、これが西欧の社会主義の志向と一致しているというのであるが・・・。

 このロシア・インテリゲンチャの社会主義志向とスラブ派の関係については、後にドストエフスキーが『悪霊』で描いた群像やスラブ派回帰の傾向とどう関連するのか、興味深いところである。


 

◎2025年10月25日『ザ・シェフ三國の究極家庭おかず』三國清三

☆☆☆☆☆さすがはプロの一工夫

実は料理を作るのも食材をスーパーで選んで買うのも好きで、レシピ本はたくさん持っている。しかし、自己流でマンネリ化したり手抜きになったりしてきたので、有名シェフの「究極の家庭おかず」という表題に惹かれて本書を買ってみた。

確かに、洋食だけでなく和食や中華の家庭料理がたくさん出ていて、大きな写真付きでレシピがわかりやすく書いてある。

試しに肉じゃがを作ってみたが、糸こんにゃくをまず強火で炒めて水気を飛ばしておくとか、タマネギと牛肉を最初に入れて肉に味をしっかりつけるとか、ちょっとした下ごしらえと手順の一工夫が違う。さすがである。

簡単なものから順々に試してみたいと思う。


 

◎2025年10月23日『過去と思索(二)』ゲルツェン

☆☆☆☆☆「流刑地」の人々、恋愛、19世紀ロシア知識人の運命

 第2巻は、前半で流刑地での著者の生活と流刑地の人々、流刑地での恋愛と結婚が語られ、後半では同時代ロシアの知識人グループとの交流と論争が語られる。

ただし、流刑といっても上級貴族ゆえに流刑先で地方官庁の官職に就いており、ドストエフスキーのような「徒刑囚」(『死の家の記録』参照)ではない。いわば中央からの追放、「江戸所払い」のような感じである。

 

前半ではピョートル大帝による欧化政策がもたらした地方政治の歪み、知事や官吏の民衆に対する横暴と賄賂の常習が生々しく描かれる。

そうした流刑地の生活の中でも、著者は老官吏の若き妻とのほろ苦い恋愛経験や、モスクワに残した恋人ナタリーとの切なく熱い手紙のやりとりを熱く語っている。著者はナタリーの窮境を救うために、危険を冒してモスクワに密かに戻り、ナタリーを連れ出して流刑地で結婚式を挙げる。

 

後半では著者自身も交流した19世紀ロシア知識人の運命が回顧される。

ベリンスキーやバクーニンといった人々の人物像が詳しく描かれるのが興味深いが、注目されるのはヘーゲル哲学のロシア知識人たちへの影響の大きさである。ヘーゲルの難解な観念論をめぐって彼らは激しく論争したが、著者は「本当のヘーゲル」はナポレオンのイエナ入城に感動した若き日の姿であり、「すべての現実的なものは理性的である」という命題(『法哲学』序文)は保守主義者に曲解されていると批判する。著者自身はフォイエルバッハの『キリスト教の本質』を読んで感激したと記しているが、これはマルクスと同じ歩みであろう。

ロシアの若き知識人たちの運命について、著者は次のように誇りを込めて語っている。

「彼らは自分の社会的な立場や個人的な利益や安全について、少しも思い煩うことをしなかった。・・・ある者はおのれの富を忘れ、他の者はおのれの貧しさを忘れていた。そして怯むことなく、さまざまな理論的な問題の解決に向かって突き進んで行った。」

 

なお、著者は流刑地で老士官がユダヤ人の子どもたちを護送していくのに出会う。子どもたちを狩り集めて海軍に入れるためだというが、シベリアの過酷な行軍のために3分の1は途中で落後して死んだと聞き、著者は声を上げて泣きたくなったと書いている。現在のウクライナ戦争でロシアがウクライナの子どもたちを多数連れ去ったことや、第二次世界大戦敗戦直後に日本人捕虜をシベリアに連行して酷使したこと(どちらも戦争犯罪である)との類似に驚く。



 

◎2025年10月16日『過去と思索(一)』ゲルツェン

☆☆☆☆☆素晴らしい読書体験 第1巻は専制支配に抗する青春群像を描く

昨年買ったまま読まずにいたが、ようやく読んでみてその叙述と内容の素晴らしさに感動した。

本書は19世紀ロシアの自由主義者ゲルツェンの自伝的著作であり、本巻は幼少期からモスクワ大学時代を経て、皇帝ニコライ1世の弾圧により思想犯として流刑判決を受けるところまでが描かれている。

 

何よりもまず、その生き生きとした叙述とロシアの民衆や風景描写が素晴らしい。日本語訳も原文の詩情と香気を十分伝えている。盟友であるオガリョーフに捧げられた「まえがき」の末尾を引用する。

「人生……さまざまな境遇、さまざまな民族、さまざまな革命、そして愛する人たちのさまざまな顔が、雀が丘とプリムローズ・ヒルとの間に入れ替わり立ち替わり現われ、そして消えて行った。それらの痕跡は、色々な出来事の無慈悲な旋風のために、もはやほとんど消し去られた。周りのものがみな変わった。テームズ川がモスクワ川に代わって流れている。そして異国の民がわたしを取り巻いている……。われわれには、もはや祖国へ帰る道はない……。損なわれずに残っているのは、一人は十三歳の、もう一人は十四歳の二人の少年の夢だけだ!」

 

幼少期では貴族である著者の目から見たロシアの身分社会の矛盾、貴族の堕落と農奴や下僕の悲惨な境遇が赤裸々に告発される。特に印象的なのは、著者の叔父セナートルの農奴であった有能な料理番の話で、彼は蓄財した5000ルーブルで農奴解放するよう請願したが、叔父に自分が死んだら無償で解放すると言われて激しく落胆し、やがて「ロシア人の常として」飲酒に耽り、身を持ち崩してしまう。

また、父や叔父と仲違いしていた長兄は、「歪んだロシアの生活だけが生み出せる、独特で異常な人間のひとり」とされ、その激高した場面は『カラマーゾフの兄弟』のドミートリーを連想させる。ドストエフスキーが描く激情的場面やどんちゃん騒ぎのカーニバル的描写は、本書を読むとあながち誇張ではないと思わせるほどだ。

 

著者の青年期は自由主義者、サン・シモン主義者としての歩みと、モスクワ大学の仲間たちの青春群像である。時代はニコライ1世皇帝の反動期であり、後に著者より10歳年下のドストエフスキーは本書にも言及されているペトラシェフスキー事件で連座して死刑判決を受けた(特赦で流刑になる)。

しかし、著者とその仲間たちは専制支配に意気高く抗し続ける。

「自分の周りで行なわれていることを、ウラジーミル街道〔シベリア流刑囚の通る道〕を鎖の音を響かせながら通ってゆく数百のポーランド人を、農奴の境遇を、・・・笞打たれる兵士たちを、消息も分からずに姿を消してしまう友人の学生たちを平然と眺めながら、理論的な解決を待っていることのできるような青年とは、一体どんな青年であっただろう。自己の世代の道徳的純化のために、未来の保証のために、彼らは無謀な企てをするほどまでに、また、危険を軽視するほどまでに、憤激しなけれならなかったのである。」

 

結局、著者とその仲間たちは他愛もない言動を秘密警察に摘発されて処罰されるのだが、現在で言えば内乱予備罪の「予備」にも該当しないような罪状である。しかも、逮捕したら3日以内にその理由を明らかにしなければ釈放するという刑事法規があるのに、政治犯はそれを無視して何ヶ月も拘留する。

それでも著者らは貴族階級であるが故に拷問等は免れたが、同時期に放火犯の嫌疑を受けた人々が過酷な拷問を受けたことを著者は忘れずに記している(拷問廃止例が繰り返し出ていたにもかかわらずである)。



 

◎2025年10月11日『ラテン語の世界史』村上寛

☆☆☆☆☆ラテン語を通じて「自己理解と他者理解」を学ぶ

実は、大学の教養課程の選択科目でラテン語を選択したことがある。

フランス語などのヨーロッパ言語にとって、いわば日本語の「古文」のようなラテン語を学びたいと思ったからなのだが、残念ながら複雑な格変化を覚えるのについていけずに挫折してしまった。

本書によると、現在でも国立大学86校中28校でラテン語の初級文法講座が開講されているというから、ラテン語を学ぼうとする学生は少なくないのだろう。

 

ラテン語はローマ帝国の公用語として帝国内に広まったわけだが、当初はギリシャ語とギリシャ文化を範として発展し、キケロやウェルギリウスの時代に頂点に達する。

しかし、早くも3世紀には口語と文語の乖離が生じたという。

ローマ帝国の分裂と崩壊後は、帝国の国教となっていたキリスト教の修道院がラテン語の保存に役割を果たしたが惨憺たる状況が続き、カール大帝のカロリングルネサンスでラテン語復興がなされた。

映画『薔薇の名前』では中世の修道院で修道士たちが写本をしている場面や古代の貴重な図書を保管する図書室が描かれていたが、まさにカトリック教会と修道院がラテン語とラテン文化の伝承者だったわけだ。

 

ヨーロッパ諸国の言語は異なっても外交や公文書あるいは商業の発展による取引文書でラテン語が用いられ、ラテン語に通暁する聖職者が重要な役割を果たした。パリやボローニャなどの大学の発展もラテン語が基礎にある。学生たちはラテン語ができればどこの国の大学へも行けたわけだ(ちなみにパリの「カルチェ・ラタン Quartier latin」はラテン語が話された学生街に由来する)。

 

ただし、著者は中世のラテン語熱は(アラビア語訳からラテン語に重訳された)アリストテレスなどの論理の明晰性を重視する「弁証論の大流行」が主であり、詩や文学は軽視されたという(いわゆる「スコラ学」)。

これに対し、ルネサンスの人文主義者たちは「人間としての教養」(hominibus humanitas)を目的として、文法教育・文学研究を重視したとする。

著者の主張する「ラテン語文法を学ぶ根源的価値」もそこにある。

「名演説、つまり真の弁論が、煽動でも詭弁でもなく、そしてたんに言い回しが上手いということでもなく、人々を望ましい方向へと喚起するための、忍耐強く熟成された正しく真摯な姿勢によって形成されたことばであるべきであるからには、そこに自己理解と他者理解への志向を欠くことはできません。」


 

◎2025年10月7日『グローバル格差を生きる人びと』友松夕香

☆☆☆☆「善意の援助」から協調・協同へ 国際協力の再構築を論じる

先頃、JICAがアフリカ諸国と日本の地方公共団体の交流事業として4都市を「ホームタウン」として認定すると発表したところ、移民促進政策と喧伝されて事業の見直しに追い込まれたことは記憶に新しい。外務省のHPなどを少し調べれば移民促進政策でないことは明らかなのに、ゼノフォビア(外国人嫌悪)というべき風潮と扇動でせっかくの国際交流の機会を自ら閉ざしてしまったのだ。

本書の著者はまさにJICAの職員として西アフリカに駐在し、その経験からアフリカ諸国への支援のあり方について問題提起しているのだが、ホームタウン構想を非難していた人たちにこそ、移民の原因やアフリカ諸国の置かれた現状とその歴史について考えるために本書を読んでもらいたいと思う。

 

まず注目したのは、グローバル経済がアフリカ諸国まで及び、スマートフォンの普及により日本を含む欧米諸国との格差の現状が広範囲に認識されていることだ。特に、一定の教育を受けながら就業の機会のない若者たちに不満が大きく、その一部が国際ロマンス詐欺へと流れ、それをもてはやす風潮にさえなっているという。

次に、新植民地主義で経済的政治的支配を続ける欧米諸国に対する不信が大きいこと。本書では旧フランス植民地諸国に対するフランスの通貨統制などの支配と横暴を具体的に紹介している(EU統合後のギリシャやスペインなどに対する仏独の通貨支配と似ている)。過去の植民地支配以来の不信もあって欧米諸国への不信は根強く、それがロシアや中国が信頼を得る流れとなる。陰謀論には一片の根拠があるわけだ。

こうした中で、最も過酷な状況に置かれているのが零細農民と女性であり、20世紀の「緑の革命」で在来農業が破壊された後、今世紀は「新たな緑の革命」で化学肥料の支援による農業再建がはかられており、女性は地位向上の名の下に旧来の家事労働に加えて農村労働力の主体として加重労働を強いられているという。

 

著者はこうした現状に対し、「グローバル格差を生み出す不均衡な権力関係そのものを中和できる国際協力を再構築することが重要」というが、その具体的内容は、

・グローバル企業の直接投資により産業の多角化と現地雇用を生み出す

・困難な状況に置かれている農家の困窮を軽減するため、新自由主義的経済施策を緩和する。

・農村の女性労働の軽減

といったところである。

 

ただし、最後の点については女性の自立や地位向上の取り組みと対立的に捉えられている点に疑問が残る。

また、国際ロマンス詐欺に対する著者の批判的視点の欠如(著者自身も共犯にされそうになったというが、彼らを告発したり止めたりした気配がない)も気になる。国際ロマンス詐欺は金儲けの手段ではなく、れっきとした犯罪であり、その被害者は一般庶民だからである。


 

◎2025年10月4日『オリエント急行殺人事件』(映画 パラマウント)

☆☆☆☆豪華俳優と豪華車両の映像が楽しめるが・・・

原作を読んだついでに、以前録画してあったBS放送版を見た。

作製は古いが、さすがにしっかり作ってある。

イスタンブールの駅の雑踏や物売り、オリエント急行の豪華な作りと寝台車両の雰囲気がよくできている。焼却された脅迫文の燃え残りを婦人用の帽子箱の金属の型を使って解読する重要な場面は、原作を読んだときは帽子箱も金属の型もイメージできなかったが、映像で見てよくわかった。

配役は、ショーン・コネリーを脇役に配し、イングリッド・バーグマンは一見わからないほど地味な役柄だが、他の配役がそれだけ充実しているということ。特に、国籍や身分が多様な役柄を演じる女優陣がすばらしい。

主役のポワロはアルバート・フィニーが演じているが、テレビドラマでデヴィッド・スーシェ(声は熊倉一雄)のユーモアあふれる演技を見慣れていただけに、少し神経質で厳格な感じを受ける。

ストーリーは原作にほぼ忠実に作られているが、最初の誘拐事件のシーンは原作にはない。事件の背景説明に不可欠なのだが、最初ではなく途中に挿入すべきだったのではないかと思う。

 

原作と比べると、やはり推理を楽しむミステリーの醍醐味という点では、原作がはるかに優れている。


 

◎2025年10月3日『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー

☆☆☆☆☆謎解きの楽しみ、偶然の助け、意外な解決

映画やドラマでおなじみのこの作品だが、ストーリーを知っていても、やはり原作を読むとひと味違う面白さがある。

まず、名探偵ポワロの捜査手法と推理方法が時系列でわかりやすく追体験できる。

登場人物が(シャーロック・ホームズほど細かくはないが)人相や衣服、持ち物等から描写され、事件の起きた寝台車の部屋の配置図が添付してある。そして、関係者全員への尋問が丁寧に描かれ、おまけにその要約メモと論点一覧まで示される。

読者はポワロの随伴者と同じ目線で推理していくのだが、最後まで謎解きは困難で、例によってクライマックスで一同が集合したところで鮮やかな推理が披露されるのだ。

 

ただ、この物語ではポワロといえども偶然の助けなしでは解決できなかった。

つまり、大雪で列車が駅に到着する前に長い途中停車を余儀なくされたことと、焼却された脅迫文の一部が解読できたことだ。

周到に計画された完全犯罪も、気象変化や小さなミスで破綻するということだろう。

 

大団円は鮮やかな推理の披露から急転直下の意外な解決で幕を下ろすが、後味の悪さを残さない見事な演出である。


 

◎2025年9月28日『敗戦日記』渡辺一夫

☆☆☆☆☆敗戦の年を生き抜いたユマニストの苦悩と希望が伝わってくる

本書は著者渡辺一夫氏が1945311日から818日までフランス語で綴った『敗戦日記』と同日から1122日まで日本語で綴った『続敗戦日記』に加え、同時期に串田孫一氏に宛てた書簡などの関連作品を収めている。


『敗戦日記』がフランス語で書かれたのは、私的な日記でさえ戦時下の検閲を意識していたのだろう。事実、著者の反戦反軍的な言動は大学教授会で問題にされていたことが日記からもうかがわれる。

本書が出版されたのは、著者の死後、書庫の整理を行った弟子の二宮和夫教授が発見し、著者の門下生の大江健三郎とともに遺族に出版を願い出て、岩波の『世界』に掲載したのが初出という。実は、著者自身が、この日記は「あらゆる日本人に読んでもらわねばならない。この国と人間を愛し、この国のありかたを恥じる一人の若い男が、この危機にあってどんな気持で生きたかが、これを読めばわかるからだ」と書いている。おそらく、戦後に著者は多数の論文や随想を公表しているから、あえてこの日記を公刊しなかったのだと思われるが、敗戦の年を生きた知識人、ルネサンス人文主義の碩学である著者の苦悩が日記にはリアルタイムで記されている。

 

日記が開始された311日は東京大空襲の直後で、著者が慣れ親しんだ本郷界隈も焼け野原となっている。

著者は、「我が神国政府は自殺への道を歩んでいる」と断じ、こうした絶望的な状況の理由の中に「・Xénophobie atroce〔怖るべき外国人嫌い〕。 conformisme〔大勢順応〕; convention〔因習〕の盲信」を挙げているが、それだけではなく「知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった」とも書いている。そして、自殺の誘惑にも何度か言及している。

しかし、著者が自殺でなく生き延びることを選択したのは、自らの思想であるユマニスム(普遍的なヒューマニズム)は必ず勝つという確信である。「封建的なもの、狂信的なもの、chauvinisme〔排外主義〕は、皆敗ける。自然の、人類の理法は必ず勝つ。Vive l'humanité.〔人類の栄えんことを〕」(7月7日の日記)

著者はこうして度重なる空襲を逃れつつも、ラブレーの翻訳を進めるとともに、ゴンクール兄弟やロマン・ロランらの著作を読み進め、さらには『チャタレイ夫人の恋人』や『罪と罰』、『アラビアのロレンス』なども読了している。まさに文学が戦時下の苦難を生き抜く力となったのである。

「新しい戦前」とも言われる昨今の状況下で、かつての戦時下を生きた知識人の苦悩と希望を伝える意義は大きい。


*追記
 『串田孫一宛書簡』とその他の小論も読んだが、『敗戦日記』を敷衍するように戦中戦後の困難な時期の著者の思考が伝わってくる。
 欧州大戦の始まった1939年の『葦牙の歌』では、パスカルの「考える葦」を手がかりとした著者の自戒の言葉が心を打つ。
 「思考すると自惚れる人間は、自分が作ったあらゆる事実に対してあらゆる見事な口実を提供し得る代りに、何故か思想や倫理の説得によっては、なかなか行動するを欲しないのである。・・・『考える葦』の思想が、単に偶然に生起し偶然に易々と消滅するだけのものならば、考えざるに等しい」
 著者は、戦後、イエスを否認したペテロの行為を戒めつつ、自らの書斎に東条英機元首相の写真をボードレールのデスマスクと並べて飾ったという。

 

◎2025年9月28日『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー

☆☆☆☆☆著者のだましのテクニックに感服

有名なこの作品をいまさらながら初めて読んだ。

  絶海の孤島に呼び集められた10人のそれぞれの経歴とブラックに見える過去なのだが、

・島にはこの10人以外には誰もいない

1人が死ぬと兵隊人形が1つ減る

ことから、10人のうちの誰かが犯人であるとわかる。

そこで、誰かはわからないが確実にこの中に犯人がいる恐怖の下で、次々と殺人が遂行されるスリル満点のドラマが展開していく。

さすがに名作といわれるだけのことはある。

 

読者は10人のうちの誰が犯人かを推理していくのだが、

・この10人の過去の経歴と罰せられなかった事件を調べることができる人物

・島の施設を準備して10人を呼び出すことのできる人物

という条件を満たすのは数人しかいない。

ところが、この数人が次々と死んでしまい犯人から除外されていくところが、作者の仕掛けた極めつきの罠である。

最後に種明かしが披露されるのだが、なるほどそんな手があったのかと感服すること間違いなし。



 

◎2025年9月25日『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー

☆☆☆☆☆「太陽のせいだ」 -女性心理の深淵を暴き出す

本書を読んで、私はアルベール・カミュ『異邦人』の主人公ムルソーが殺人の動機を問われて「太陽のせいだ」と答えた場面を想起した。

本書の主人公は病気の娘を見舞ったバグダッド近郊の砂漠の駅に何日も足止めされ、砂漠を歩き回って太陽に照らされるうちに自らの過去を振り返り、弁護士夫人として成功者の人生を歩んできた自己満足の深層にあった醜い姿を幻視するに至る。

『異邦人』の舞台はアルジェリアの砂漠だが、砂漠の厳しい風土と照りつける太陽が人間心理の深淵を白日の下に暴き出す点は共通している。

 

実は、アガサ・クリスティーの著作を読むのは初めてである。テレビや映画ではたくさん見ているのだが。

本書はミステリーではないと言われているが、殺人こそないものの、ある意味ではもっと恐ろしい日常生活と家族関係に潜むホラーを描いた心理ミステリーと言える。主人公は保守的で偏狭な価値観で夫や子どもを支配し、それを家族への愛だと思い込んでいたが、夫や子どもの気持ちはとっくに離れていたのだ。

この主人公が過去の出来事と自らの行いを省察し、解釈し直していくにつれ、その心理が劇的に変化していく過程(パウロの「回心」まで引用される)を描き出す作家の筆力はさすがである。

ただし、ミステリー作家らしく、最後はどんでん返しが用意されているのだが。


 

◎2025年9月23日『をとめよ素晴らしき人生を得よ』瀬戸夏子

☆☆☆☆☆女性歌人たちの生きざまと矜持を新世代の目で描く

かなり前に道浦母都子『女歌の百年』を読んだが、道浦は1947年生まれで、与謝野晶子から俵万智までの女性歌人を取り上げて紹介していた。

これに対し、本書の著者は1985年生まれで、内容は戦後まもない1949年に創刊された『女人短歌』に結集した女性歌人たちを中心としている。その視線は、男性歌人よりも一段低く見られていた女性歌人たちが結集して地位向上と自立をはかるという運動的な取り組み、まさしく「女人短歌のレジスタンス」に向けられている。

 

本書で紹介されている歌人たちは多彩で、各々の個性豊かな人物像がよく描かれている。

特に、片山廣子が「芥川龍之介の最後の恋人」と目され堀辰雄の『聖家族』に描かれたとか、乳がんで夭逝した中城ふみ子と編集者中井英夫の死後に明らかにされた書簡とか、同性愛者だった釈迢空(折口信夫)に割り込もうとした穂積生萩といった興味深いエピソードは、女性歌人たちの豊かな感情と行動力を浮かび上がらせている。

ただ、紹介された歌人たちの歌の多くが付録のアンソロジーの形でまとめられていて、本文中にはごくわずかしか引用されていない。アンソロジーの各歌にできれば簡単な解説を付してほしかった。

 

それにしても『女人短歌』の女性歌人たちに対する男性歌人たちの侮蔑的で抑圧的な態度はどうだろうか。唯一、釈迢空は「アララギは女歌の伝統を放逐してしまった」と書いて女歌を擁護したというが、狭量で抑圧的な男性歌人たちの世界の中で女性歌人たちの解放空間として『女人短歌』のような場が必要だったということだろう。

 

なお、本書の表題は葛原妙子の次のみずみずしい短歌である。

早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ

この歌は長女に向けて詠んだ歌とのことだが、女性だけでなくすべての若者たちに贈りたい歌である。



 

◎2025年9月20日『文化が違えば、心も違う?』北山忍

☆☆文化が違えば心が違う・・・ならばどうやって分断を乗り越えるのか?

「文化心理学」という言葉は初めて知ったが、著者によると「文化という複雑で力動的な現象を分析し、その過去を解き明かすことにより、多様性に隠された普遍性を見出す試み」なのだという(私はすぐに『菊と刀』や『野生の思考』といった文化人類学の古典を想起したのだが)。

著者は「サブサハラ・アフリカ」(サハラ砂漠以南のアフリカ)から始めて、日本を含む東アジア、南アジア、中東、西欧といった文化圏ごとに人々の心理傾向を分析しその違いと文化的背景を考察していく。

その企図は壮大だが、あまりにも壮大すぎて方法論や推論に首をかしげるところが多かった。

 

まず、文化圏ごとの人々の心理傾向が独立志向、集団思考、個人主義、集団主義といった次元で類型化され、西欧人は独立心が強く、東アジアは集団主義、インド人は分析的思考といった議論がされていく。もちろん心理アンケートなどのデータが積み重ねられているのだろうが、こういった類型化自体がステレオタイプの感を免れない。

また、その文化的背景の分析では、例えば日本文化は長きにわたる稲作文化の伝統とか、サブサハラ・アフリカは大型動物との共存関係といった論拠が示されるが、これらについては心理的因果関係を示すデータがあるわけもなく、独断と偏見というしかない。

 

さらに問題は文化的影響が遺伝子や脳組織のレベルにも及ぶという議論で、肥満やアルコール分解酵素などへの影響はいいとしても、ドーパミン受容体D4遺伝子(DRD4)を介して脳機能の向上と文化の複雑化に影響するとし、ヨーロッパ人とアジア人の間には遺伝子レベルで顕著な優劣の差があるとか、脳の灰白質の容量にも差があるとかいうのはどうなのか?

著者によると、「この遺伝的要因により文化学習が優れた個体は、コミュニティの規範や慣習を効率的に習得し、結果、それらをさらに複雑かつ精緻なものにし、将来にわたって維持していく」、すなわち文化の「担い手」であり、それ以外の人々は彼らの創り出す文化に柔軟に対応する「優柔不断な」人々だというのだが・・・。

これを著者は社会ダーウィニズムではないというが、その帰結はまるで19世紀の人種論か骨相学のようである。

 

著者は、「文化心理学とは、世界の文化的分断を超え、新たなつながりを築くための道筋を探るアプローチである」というが、具体的にどのように分断を克服していくというのだろうか。



 

◎2025年9月14日『戦争と法』永井幸寿

☆☆☆☆☆災害対策の観点から「有事」を想像する

著者は阪神淡路大震災で被災した弁護士であり、その後、日弁連の災害対策活動の中心となって活躍してきたが、本書は災害対策と比較しつつ政府の進める有事法制について論じている。

繰り返される地震や豪雨災害と国や自治体の対策をイメージすることは、戦争による被災とその対策をわかりやすく想像させてくれる。

 

まず、政府が進める有事法制は「台湾有事」を想定しているが、これが日本から遠い場所で行われる戦争だと考えるのはとんでもないことだ。地図を見れば明らかなとおり、台湾の目と鼻の先に日本の与那国島や石垣島があり、南西諸島と沖縄はすぐに戦争に巻き込まれる。さらに、「敵基地攻撃能力」を備える自衛隊基地や米軍基地が本土に多数配備されているから、これらは有事の際の攻撃対象となる。現に、横須賀に拠点を持つ米第7艦隊は台湾有事の際には攻撃を避けて空母や軍艦を海上に遠く退避させる計画だという。

すなわち、台湾有事が起きれば日本全体が戦争被害を受ける可能性が高いのである(なお、布施祐仁『従属の代償』参照 *レビュー済み)。

 

本書では、まず災害法制と戦時法制(「国民保護法」)の類似点と相違点を論じる。

重要な点は相違点だが、後者では戦時の認定を政府が行いトップダウンで警報や避難の決定をしていくこと、戦争被害については国民個人の復興に関する保護がないことが指摘される。

このうち政府の戦時認定は、敵を刺激・挑発しないという観点で遅くなる。実際、戦前の満州へのソ連軍の侵攻を政府は予測していたが、ソ連を刺激することを恐れて避難指示を出さず関東軍を先に退避させたために、住民が置き去りにされる悲劇が生まれた(加藤聖文『満蒙開拓団』参照 *レビュー済み)。

戦争被害からの国民個人の復興(生命・身体・財産の被害補償)については、東京をはじめとする都市大空襲の被災者が国に補償を求めて裁判を起こしたが、最高裁は「戦争被害は全国民が等しく受忍すべきもの」という理屈でこれを退け、広島・長崎の原爆被災者に対してさえ政府は健康被害の補償しかしていない。これに対して、旧日本軍人には手厚い恩給が支給されている(国家のために戦死した兵士を「英霊」として祀る靖国神社の思想と共通する)。

 

また、戦災の救護や避難活動にも大きな差がある。

大規模災害の場合は自衛隊が前面に出て救護活動を行うが、戦争の場合は自衛隊は武力攻撃への対処に専念し、国民保護は地方自治体等に任される。

避難民の輸送は民間の航空機や船舶等が行うから、戦争が始まれば不可能になるし、他方、戦争開始前の避難は政府の戦時認定が遅れればできない。

 

本書では有事の際の国家緊急権についても諸外国の例を引いて論じられている。

著者は、「国家緊急権は多くの国で野心的な軍人や政治家に濫用されてきた歴史があります」と述べ、①目的の濫用、②期間の延長、③過度な人権制限、④司法の制限を問題点として挙げる。ミャンマーの軍事クーデタや最近の韓国の戒厳令布告事件を想起すればその危険はわかりやすい。

では、日本国憲法に有事規定はないのか。まさにこの点が戦後の制憲議会で質問され、金森国務大臣が民主主義と立憲主義に反すると答弁したうえ、参議院の緊急集会(憲法542項)と平素からの法整備を挙げている。

このときGHQは「不文の緊急事態条項が認められる」と政府に応答していたというが、実際に戦争が始まれば否応なく戦時の緊急体制が憲法体制を踏み越えていく可能性が高く、国民もそれに従わざるを得ないのではないか。

その意味で、戦争は立憲主義の最大の敵であり、戦争回避こそが立憲主義と国民生活を守る唯一無二の対策であるという認識を共有すべきである。



 

◎2025年9月8日『ルポ 戦争トラウマ』後藤遼太・大久保真紀

☆☆☆☆☆戦争体験を語り継ぐことの大切さ-トラウマとPTSDの観点から

トラウマやPTSD(「心的外傷後ストレス症」)という言葉は現代ではよく知られているが、これが戦争と強く結びついた概念であることを当事者の証言から理解させてくれるルポルタージュである。

本書は朝日新聞に連載された「戦争トラウマ」を編集したものだが、実に多数の戦争経験者やその家族、戦争被害者らの証言を掲載しており、その戦争体験と戦後のトラウマの発症状況が生々しく、文字通り血の出るような表現で語られている。中には、歌手の武田鉄矢さんが父親のことを語ったインタビューもある。

共通する点としては、戦争を体験した夫や父親は、元は優しかったのにすっかり変わってしまい、酒を飲むと家族への暴力が抑えられなくなる。それも、殺されると思うほどひどい暴力を振るう。社会関係もうまく維持できなくなり、最後は自殺したり健康を害して死んでしまう。そして、こうした激しいDVにさらされた妻や子もそれがトラウマとなって、うつなどの精神症状を発症したり、自らの子に暴力的な対応をしてしまう。つまり、激しいトラウマは連鎖するのである。

 

実は、こうした戦争トラウマは第1次世界大戦のときから報告されており、第2次世界大戦でさらに問題となったが、戦争が終わると国家にとって都合の悪いこうした報告は継続して研究されなかった。日本でもアジア・太平洋戦争で多数の兵士が精神病を患い、千葉の国府台陸軍病院で治療を受けていたが、敗戦時にそのカルテは軍の命により焼却された(本書では、これに抗命した医師が貴重なカルテを密かに大量隠匿し、戦後自らの病院にコピーを残していたことが紹介されている)。

ようやくベトナム戦争の帰還兵の精神障害が社会問題となって研究が進むが、その成果が有名なジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』である。著者ハーマンは、この研究の原動力は「軍の上層部でも医学の権威筋でもなく、戦争に愛想をつかして帰国した兵士たちの組織であった」と記している。

 

本書では、日本で結成された「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会(現・PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会)」が紹介されているが、これは戦争PTSDの父親の下で苦しんだ1人の家族が2018年に立ち上げた会で、これがきっかけで多くの家族らが自らの体験を語る場ができたという。これまではこうした体験は個人的なものとして扱われ、公には語られないどころか抑圧されて差別偏見の対象とさえなった。ようやく戦争被害の一部として光が当てられてきたが、国の取り組みはこれからである。

なお、本書では、沖縄戦の被害者や原爆被害者とその家族の体験、中国の戦争被害者や英米軍の捕虜に発症したPTSDも紹介されている。

彼ら被害者たちは、近年のウクライナやガザの空爆被害の映像でPTSDが再びぶり返しているという。戦争が人間を身体だけでなく精神的にも破壊することは心にとどめておくべきである。


 

◎2025年9月4日『トレーニング デイ』(映画)

☆☆☆刑事が超えてはならない一線とは

名優デンゼル・ワシントンが悪徳刑事を演じる意外な作品である。

麻薬捜査のプロ養成のために配属された新人(主人公)をワシントンが1日教育するから「トレーニング・デイ」なのだが、主人公はマリファナを吸引させられたり、悪の巣窟に連れて行かれたり、レイプ犯を見過ごされそうになったりで、反発を強めていく。

アメリカの麻薬捜査のプロはここまでやるのかと思っていたら、最後は一線を越えた極めつけの場面となり他の仲間の刑事たちとの悪徳グループに罠で引き込まれそうになっていたことがわかる。

そのとき主人公のとった行動は・・・。

 

アメリカでは警官に呼び止められたときが怖いというが、ここまでおそろしい腐敗が進んでいないことを祈るばかりである。



 

◎2025年9月4日『スパイたちの遺産』ジョン・ル・カレ

☆☆☆嘘と裏切りに満ちたスパイの人生

本書は著者の代表作である『寒い国から帰って来たスパイ』などの冷戦後の後日譚とのことであるが、私はあいにく前提となる過去の作品を読んでいない。それでも、冷戦後にスパイの存在と活動をどう評価するかを考えるために、『終生の友として』(レビュー済み)と併せて本書を手に取った。

 

物語はスパイを引退してフランス・ブルターニュ地方の農園で暮らしている主人公に、ある日ロンドンから呼び出しがかかる場面から始まる。冷戦時代のスパイ活動で命を落としたスパイと同伴者の子どもが、主人公と英国政府に損害賠償請求を起こすというのだ。おまけに議会もそれを取り上げるという。実際にこのようなことがあったかわからないが、戦時の国家の違法行為に対して遺族が補償を求めることは日本でもある(原爆や大空襲被害など)。まして、冷戦は戦後の時代で、かつ戦争ではなくスパイ活動の被害なのである。

そこで、主人公は政府側の弁護士から厳しい調査を受けることになるのだが、機密資料が隠されているか真相を隠されているために、憶測に基づく質問に対して虚偽を交えた回答が続けられる。本書では質問と応答に加えて、真偽入り混じった過去の資料の引用が長々とあり、注意して読まないとどこが嘘で誰が裏切り者かわからなくなる。

 

それにしても、『終生の友として』のレビューでも書いたが、スパイの人生はなんと嘘と裏切りに満ちていることか。

主人公はスパイの友人や愛した女性の死の真相も語ることができず、遺族たちの恨みに弁解することも許されないのだ。

主人公の上司であるジョージ・スマイリーはスパイ活動を「世界平和のためだ」と最後に語るのだが、冷戦終結はスパイの功績ではあるまい。KGBやシュタージがどれほど国民を統制しても、国家はあっけなく滅びるのである。

情報活動の必要性があるとしても、数十年後にはすべて活動内容が白日の下に明らかにされ、違法行為は責任を問われるべきなのである。



 

◎2025年9月2日『運び屋』(映画)

☆☆☆☆☆90歳の伝説的運び屋を味わい深く演じる

実話に基づく90歳の麻薬「運び屋」をクリント・イーストウッドが演じているが、彼自身が映画撮影当時87歳か88歳であろうか、老年運び屋の味わいを十二分に出している。世阿弥が『風姿花伝』で論じた年代相応の「花」をまさに感じられる名優の演技である。

もちろん麻薬カルテルの運び屋は重罪犯罪者であり、警察は特別体制をとって捜索に当たっているが、老人らしい予想外の行動や人を食った臨機応変の対応で切り抜ける。特に、麻薬探索犬の鼻にハンドクリームを塗りつけてごまかすシーンは見ものだ。

90歳の怖い物なしの老年キャラで強面の麻薬組織のメンバーの脅迫も切り抜け、得た報酬は自らの園芸農園や退役軍人組織の負債に惜しげもなく使ってしまうのだが、農園の仕事に熱中して家族との関係に失敗した悔いが残っている。

重罪犯罪者を扱いながらも、ユーモアと悲哀を感じさせる味わい深い映画である。

運び屋の走るアメリカ西部からメキシコに至る広大な砂漠とハイウェイの風景がとてもよい。キャラハン刑事ならマグナムを派手にぶちかますところだが、老年ヒーローは・・・。

 

 

◎2025年9月2日『グラントリノ』(映画)

☆☆☆☆☆人間的交流が人種偏見を超える

クリント・イーストウッドが老年ヒーローとして活躍する深い人情物語。

「グラントリノ」とはフォード製の1972年型車で、主人公の愛車(クラシックカー)である。

主人公は妻を亡くした元フォード自動車工で、朝鮮戦争の従軍歴が心の傷として残っている。

主人公の気持ちを理解しない息子たちからは家を売って老人ホームに入れと勧められるが、頑固に拒絶し、隣家にアジア系の大家族が居住し始めたことを嘆く。

実は、このアジア系の人たちはベトナム戦争後に避難してきた東南アジアのモン族の人たちだったのだが、同じ仲間の不良との諍いを助けたことから交流が生まれ、家族の少年と父親のような親密な関係を作っていく。

このあたりのストーリーは過去に様々な移民を受け入れてきたアメリカ社会を感じさせ、クリント・イーストウッドは移民たちに温かい視線を送っている。

最後は、不良グルーープの仕返しに対するクリント・イーストウッドらしいドラマチックな活躍が見ものである。

 

 

◎2025年8月31日『終生の友として 上下』ジョン・ル・カレ

☆☆☆陰謀と不信に満ちたスパイ人生の最期は・・・

ジョン・ル・カレの作品を読むのは実は初めてなのだが、本作はアメリカのブッシュJr政権が引き起こしたイラク戦争と英国ブレア首相のそれへの追随に対する怒りが込められている。

確かに、最後のカタストロフをでっちあげたCIA?の謀略や、随所でサーシャが憤る権力者の奢りへの非難は著者自身の怒りを代弁するものだろう。

 

スパイ小説としては、心ならずもスパイにされていく前の主人公の生い立ちと冷戦下西ベルリンでの急進的な学生運動の経験などが淡々と語られる部分がとても長い。世界的な「学生反乱」の時代で、日本では全共闘運動が想起されるが、セクト内の独りよがりの革命家きどりには読んでいて辟易する。学生反乱が鎮圧された後は、主人公の恋人は企業利益を代弁する弁護士に、主人公と盟友のサーシャは冷戦下を暗躍する二重スパイになるのだが、急進的運動家のそれぞれの「転向」である。

 

それにしても著者の描く二重スパイの人生は過酷なものだ。主人公は妻子にも自らの正体を隠し、交渉相手はおろか仲間と接するときも常に猜疑とテストの疑心暗鬼の緊張を強いられ、人間的な信頼関係や愛情の中に安んじることがない。

冷戦終結でスパイ活動を失業し、ミュンヘン郊外のリンダーホフ城(ルートヴィヒ2世の城の1つ)の英語ガイドをしていた主人公が盟友サーシャと再会し、「テロとの戦い」の謀略に巻き込まれるカタストロフが本書のストーリーのメインなのだが、急転直下の結末に至る読後感はよくない。

リンダーホフ城の庭園(2014年8月撮影)


 

 

◎2025年8月27日『エンパイア・オブ・ライト』(映画)

☆☆☆☆☆映画館を舞台にした味わい深い人間ドラマ

映画が大衆娯楽の王だった古き良き時代の映画館を舞台に、スタッフたちの人間ドラマを描く楽屋オチのような作品だが、とても味わい深い余韻を残す。

 

主人公のヒラリーは心の病を抱える統括責任者だが、支配人から性的関係を強要されている。

そこに若い黒人のスタッフが加入してヒラリーと恋愛関係になるのだが・・・

 

MeToo#的な支配人の告発や激しい黒人差別問題を織り込みつつ、映画館スタッフたちの温かい人間模様が描かれているのが素晴らしい。

舞台となっている巨大な映画館の雰囲気と、海辺の美しい情景がとても効果的である。

 

 

◎2025年8月27日『リトル・シングス』(映画)

☆☆☆シリアルキラー映画のパロディなのか?

冒頭から若い女性を狙った連続殺人で、ハリウッド好みのシリアルキラーのサスペンス映画なのかと思って見ていたが、早い時点で被疑者が特定され、警察と被疑者の心理戦の様相になる。

ところがいつもの刑事物のパターンとは逆に、開き直った被疑者に刑事たちが追い込まれていき、ついに思わぬ結末に・・・!

 

若い捜査主任といわくありげなベテラン刑事(デンゼル・ワシントン)の絡みで、心理劇の凝った構成が見ものだが、ミステリーやサスペンスの勧善懲悪的な展開と結末を期待すると裏切られる。

落とし穴にはまる刑事たち、というところか。

 

 

◎2025年8月27日『黒い空』アーナルデュル・インドリダソン

☆☆☆☆☆エーレンデュルはまだ不在

エリンボルグ捜査官を主人公にした前作に続き、今回もまたエーレンデュルは不在のまま、シグルデュル・オーリ捜査官が主人公となる。

ただ、この主人公は独断専行で単独捜査を続けたり、母親や友人の依頼で職務外の捜査をしたりするアウトロー的なところがあり、それが物語の起伏をつけている。もちろん捜査主任の同僚からは苦言をつけられてはいるのだが、その主任自身がもっと重大なルール違反をやらかしていることがのちに判明してしまう。

このあたりは、日本の警察規律と比べてどうだろうか?

 

北欧ミステリーらしく本書でも社会的テーマが設定されているが、今回は児童ポルノとマネーロンダリングである。後者はリーマンショック前夜の金融バブルにアイスランド社会が踊っていた状況が背景となっているらしい。

 

主人公の刑事の私生活上の問題が絡まるのもお約束通りだが、今回はシグルデュル・オーリの親子関係と昔の恋人関係が微妙にテーマと絡んでいる。エリンボルグ捜査官を主人公にした前作に続き、今回もまたエーレンデュルは不在のまま、シグルデュル・オーリ捜査官が主人公となる。


 

◎2025年8月25日『となりの史学 戦前の日本と世界』加藤陽子

☆☆☆☆一見柔らかそうで、実は高度なガイド本

「となりの史学」という柔らかい表題と表紙の歴史人物漫画、そしてモリナガ・ヨウ氏の挿絵漫画、さらに各章扉の著者加藤陽子さんのかわいい顔絵をみると一見柔らかい読み物のようだが、中身を読むと専門家らしい高度な読書ガイドである。

実は、本書は東京大学出版会のPR誌「UP201011月号~201811月号に連載された「トナリのシガク」を加筆・補正したもので、「となりの史学」とは、著者の専門である日本近現代史の隣接領域である日中、日ソ、日独、日英の相互関係・交流をテーマにした以下の国際共同研究を対象としていることによる。

○第1章 劉傑編『国境を越える歴史認識 日中対話の試み』(2006年)

○第2章 劉傑、川島真編『対立と共存の歴史認識 日中関係150年(2013年)

  同『1945年の歴史認識:〈終戦〉をめぐる日中対話の試み』(2009年)

  貴志俊彦他編『模索する近代日中関係 対話と競存の時代』

  服部龍二著『日中歴史認識「田中上奏文」をめぐる相剋 19272010

○第3章 五十旗頭真他編『日ロ関係史 パラレル・ヒストリーの挑戦』(2015年)

  東郷和彦他編『ロシアと日本 自己意識の歴史を比較する』

○第4章 細谷千博他監修『日英交流史 1600-2000』(全5巻 2001年)

○第5章 工藤章、田嶋信雄編『日独関係史 18901945』(全3巻 2008年)

○付録? 千葉功編『桂太郎発書翰集』・『桂太郎関係文書』

 

これらはいずれも日本と各国を代表する歴史研究者が、歴史認識について相互に対話と意見交換をはかったものであり、分厚い専門書である。

著者は日本近現代史の立場からそのエッセンスを紹介しているのだが、いかんせん対象が膨大で先端的議論も含まれるために、ほんの触りだけである。新しく設置された高校の「歴史総合」を意識して書かれたというが、高校生には到底歯が立ちそうにない。

 

私が興味深かったのは上記の田中上奏文をめぐる議論である。

これは当時の首相であった田中義一が昭和天皇に対し、中国への侵攻計画の全容を上奏した際の文書が宮中から外部へ流出したとの触れ込みで、その中国語版・英語版等が世界に喧伝されたというものであり、その実は中国側の関係者が作成した偽書、すなわち「怪文書」であることが早くから確定していたという。にもかかわらずこれが日本の侵略的意図を示すものとして中国政府やアメリカでプロパガンダに用いられた。

今でいうフェイクニュース、あるいは陰謀論が当時からまかり通って歴史を動かしていたということで、情報の扱いの重要性を認識させられる。


 

◎2025年8月17日『黒いイギリス人の歴史』平田雅博

☆☆☆☆大英帝国臣民としてイギリスに来た黒人と南アジア人

ヨーロッパに行くと白人だけでなくアラブ系やトルコ系、アフリカ系と思われる有色人種を多数見かける。昨今のシリア難民問題以前から、多数の移民を受け入れてきた歴史があるからだ。

本書はイギリスにおける黒人(「黒いイギリス人」)の歴史を概説したものであり、「あとがき」にもあるように確かに類書がなく、著者の恩師である故浜林正夫氏が「いいところに目をつけた」「やられたとの思い」との感想を述べたというだけのことはある。

 

黒人問題といえばアメリカの奴隷制の歴史がすぐに思い浮かぶが、イギリスの黒人の歴史はかなり様相が異なる。

著者は古代ローマ時代にローマ軍に従軍してブリテン島に住み着いた北アフリカ人から説き起こすのだが、近代以降につながる歴史としてはやはりアメリカ大陸への奴隷貿易以降である。

大航海時代にポルトガルやスペインに後れをとったイギリスは、16世紀以降奴隷貿易に乗り出し、17世紀には王室が奴隷貿易を独占するに至る。本書の表紙には縛られた奴隷の絵が掲載されているが、これは奴隷貿易で成功して貴族となったサー・ジョン・ホーキンスの紋章だというから驚く。

当時の黒人奴隷はイギリス本国ではなくジャマイカなどのイギリス領西インド諸島に送られサトウキビ農園で使用されたが、西インド諸島からの帰国者が黒人を家内奴隷として同伴し、ロンドンなどに黒人人口が増えたという。その黒人たちがやがて都市の貧困層を形成して社会問題となったことから、西アフリカのシエラレオネに移住させるということまでやられた(強制移住ではなく志願だが、その結末は惨憺たるものだったようだ)。

その後、フランス革命の時代に奴隷貿易廃止運動が起こり、1807年に奴隷貿易は法律で廃止され、さらに運動は進んで1833年には奴隷制度の廃止まで進む。女性が重要な役割を担ったという奴隷制廃止運動はなかなか興味深い(後のアメリカの南北戦争にも影響を与えたと思われる)が、廃止にあたり植民地の奴隷所有者らには莫大な補償金が払われた一方、解放された黒人たちにはほとんど補償はなされなかった。

こうした経緯を経て、18世紀末にはイギリス国内に1万人程度はいたという黒人たちは19世紀末にはほとんど消滅したとされる。

 

では、現在のイギリス国内にいる「黒いイギリス人」はどこから来たのか。

本書によれば、二つの世界大戦の間に逼迫した労働力を補うためと、黒人を兵士として大英帝国植民地のアフリカや西インド諸島の黒人を徴用したのが原因という。ただし、後者は南アフリカなどの植民地白人支配体制を揺るがすのではないかと反対され、白人と戦うヨーロッパ戦線には投入されなかったらしい(第二次大戦の極東戦線には50万人も投入された)。また、労働力不足も当初はポーランド人などの白人移民を当てていたという。

2次大戦後は、大英帝国臣民としてイギリスのパスポートを持った黒人移民が激増し、その後のイギリス国内の黒人層を形成する(2021年時点のイングランドとウェールズの黒人人口は240万人で、異人種間の交際や結婚を通じて数百万人以上の白人のイギリス人の係累があるとのこと)。

 

なお、インド系でイギリス首相となったスナク氏のような南アジアの大英帝国植民地出身の有色人種移民も実は多く、民族的少数者の3割を占めている。彼らはアフリカ系やカリブ系の黒人と異なり英語が不自由な者が多く、文化や習慣からも社会福祉政策上の困難があるという。

ただし、本書では南アジア系の移民についての記述は少ない。


 

2025813日『世界20259月号』(雑誌)

☆☆☆☆蟷螂の斧のようでも逆流に抗し続けなければならない

 リベラルにとっては衝撃的な結果だった去る7月の参議院選挙を受けた特集「政党政治の果て」が、やはり特集の第一である。

トップに安田浩一氏の「『最悪の選挙』が残したもの」として、埼玉のクルド人問題をクルド人サイドの取材を踏まえてルポしている。「選挙中は何を言ってもいいのか」という声が印象的だ。

シリア難民が押し寄せた欧米とは全く状況が異なるのに、にわかに外国人問題が争点となり、「日本人ファースト」をスローガンにする勢力が票を集める。日本人のもっとも醜い島国根性が露見した選挙と言っていい(少子化で外国人労働力にこれだけ依存していながら、彼らを人間として受け入れて共生する意思がない)。

これに対し、もっとも議席を増やした参政党支持者の「声なき声」の分析から、「悪魔化」のような批判は逆効果だというのが宮原論文だが、批判の仕方は工夫する必要があるとしても危険な勢力の本質は反発を恐れずに厳しく指摘しなければならない。むしろ、ジャーナリズムは急拡大した参政党の組織と政治資金の実体、反憲法的な性格を明らかにしてほしい(私自身、同党の選挙運動員が「八紘一宇」と書いたユニフォームを着て宣伝していたのを見て驚いた)。

 

特集2はガザの現在と今後である。2023107日のハマスの攻撃を契機として始まったイスラエルのガザ攻撃は、110ヶ月後の現在も続いており、文字通りジェノサイドと民族浄化の様相を呈しているが、アメリカがイスラエルを支援しているために国連や非欧米諸国がどれだけ非難しても虐殺が止まらない。本特集では、今では誤りとして批判されているイラク戦争との比較が興味深いが、未来への展望という意味では不透明である。

イラン出身でコロンビア大学教授のハミッド・ダバシ氏の舌鋒鋭いインタビューが掲載されているが、最近翻訳された同氏の『イスラエル=アメリカの新植民地主義: ガザ〈10.7〉以後の世界』(レビュー済み)はガザの問題を植民地主義の歴史の帰結として深く論じている。

 


 

◎2025年8月10日『文学は何の役に立つのか?』平野啓一郎

☆☆☆問いを立てることに意味はあるのだが・・・

「文学は何の役に立つのか?」とは大上段の問いを立てたものだ。

著者より上の世代の私は、この問いからサルトルの「飢えた子どもの前で文学は有効か」という問いかけをすぐに連想した。アフリカの飢餓を念頭に置いた、行動する文学者らしい厳しい自己批判的問いである。現在なら、「日々餓死していくガザの子どもたちの前で文学は有効か」とサルトルは問いかけて、具体的な行動や発言をするであろう。

 

そこで、この問いの重さに惹かれて本書を買ったのだが、表記の問いに関する論考は冒頭の(文学研究者向けの)公演記録だけで、その他は折々の雑誌寄稿や書評、瀬戸内寂聴さんや大江健三郎さんへの追悼文などの寄せ集めである。

また、冒頭論文も特定の現実問題への文学者の関わりを論じたものではなく、世間一般が文学に対して抱く疑問に答えるという趣旨のようだ。

ただ、文学が世間から遊離し自己満足に陥ってしまわないために、こうした問いを立てること自体は意義があるし、「有益」でもあろう。

 

著者はまず、「今の世の中で正気を保つため」というアイロニカルな答えをしたうえで、次に、「役に立つ」というより「価値がある」と問いを立て直して、社会あるいは対人関係的に価値があり、それゆえにやはり役に立つのだと論じていく。念頭に置いているのは、新自由主義以後の格差社会(「勝ち組-負け組」、「消極的な冷たい否定論」)への対抗である。

そして、著者自身が「文学のお陰で救われた」という読書体験を、三島由紀夫『金閣寺』、トーマス・マン『ブッデンブローグ家の人々』等を例に挙げて説明する。著者はこれらの読書体験を通じて大作家たちと悩みを共感できるだけでなく、「僕は『今ここ』の場所から自分が解放されて、しかも解放されるだけじゃなくて、別のネットワークに自分が接続されていく感じを持った」と書いている。私自身、少年時代にたくさん読んだ文学作品を通じて、次々と新しい世界が開かれていく解放感と高揚感を持ったことを思い出す。

ただ、やはり私としては、サルトルのような自己への重い問いかけと、現実と切り結んだ文学者らしい発言と行動を著者には期待したい。



 

◎2025年8月7日『イスラエル=アメリカの新植民地主義』ハミッド・ダバシ

☆☆☆☆☆全世界の眼前で進行するジェノサイドから目を背けないこと

2023107日(「〈10.7〉」)のハマスの攻撃を契機に開始されたイスラエルのパレスチナ・ガザへの一方的かつ大規模な攻撃は110ヶ月後の現在もなお継続しており、イスラエルのガザ全面支配の可能性まで報道されている。

国連のグテーレス事務総長は、同年1130日、「この数週間のうちにガザ地区におけるイスラエルの軍事作戦によって殺害された子どもの人数は、私が事務総長に就任以来、あらゆる紛争当事者が一年間で殺害した子どもの総数が最多だった年の人数さえもはるかに上回っている」と非難したが、その後現在までにガザの死者は6万人を超え、テレビ報道の生々しい映像でガザのほぼ全域が爆撃によって瓦礫と化し、連日多数の死者が出ている悲惨な状況が伝えられている。

イスラエルの行為は、「集団の構成員を殺害すること、集団の構成員に重度の身体的もしくは精神的な危害を加えること、集団の全部もしくは一部の物理的な破壊をもたらすよう計算された生活条件を意図的に集団に課すこと」というジェノサイドの定義に完全に合致するだけでなく、本書によるとパレスチナの教育システムを組織的に破壊する「スコラスティサイド」にも該当する。事実、ガザ地区にある12の大学と370以上の学校がすべて全半壊の被害を受け、4300人以上の学生、230人の教師、90人の教授が死亡、さらに図書館、公文書館、博物館などの文化遺産も攻撃を受けたという。

このような残虐なジェノサイドがなにゆえ全世界の眼前で続き、今に至るまでそれが止められないのか。本書には著者の憤りと呪詛が満ちており、読むのが苦痛になるほどだが、目を背けてはならない現実である。

 

著者は、このジェノサイドを欧米の歴史的な植民地主義のもたらしたものだと厳しく指摘し、イスラエル国家自体が「入植者植民地 settler colony」であり、そのもっとも強力な後ろ盾がアメリカだと断じる。現に、国連でいかにイスラエルの蛮行が非難されても、安全保障理事会でアメリカが拒否権を発動して決議を無効にすることが繰り返されている。また、ハーバード大学や(著者の所属する)コロンビア大学等のアメリカの有名大学内の抗議運動に対する「反ユダヤ主義」のレッテル貼りと、露骨極まりない言論弾圧は第2次トランプ政権以前から続いている。アメリカでは20245月に「反ユダヤ主義啓発法」が成立し、イスラエル批判を含む反ユダヤ主義とみなされるデモや集会が弾圧されているが、これはまるでウクライナ侵攻批判に対するロシア国内の弾圧と合わせ鏡のようではないか。

著者の非難の矛先は、欧米の穏健なリベラル派知識人にも向けられる。とりわけイスラエルを支持した老ハーバーマスがやり玉に挙がっているが、さらに遡って人間の理性と自由を謳歌するカントやヘーゲルの哲学まで人種差別の淵源として非難されている(ただし、ヘーゲルの有名な「主人と奴隷の弁証法」は植民地ハイチの奴隷蜂起を支持したものである)。

 

他方、著者は「イスラエルとアメリカの蛮行が歴史の負け組である」として、シオニズム批判の4人の非パレスチナ人思想家(2人はユダヤ人、1人はインド人)の著作を挙げている。アメリカの大学内の抗議運動は根絶やしにできないし、最近のアメリカ国内の世論調査ではネタニヤフはイーロン・マスクの次に嫌われ者だという。

本書はロンドンを拠点とする中東のニュース専門サイトに連載されたものだというが、一般メディアになかなか掲載されないこうした評論を翻訳・出版された関係者の心意気を高く評価したい。



 

◎2025年8月2日『アルゴリズム・AIを疑う』宇田川敦史

☆☆☆☆☆アルゴリズムとAIの《物神化》にどう対抗するか

AmazonYahoo!のウェブサイトを見ていると、「あなたへのお勧め」とか「最近買った物の関連商品」とかが勝手にポップアップされてくる。もう慣れてしまったが、最初は個人情報が収集・蓄積されているのが気味悪かった。

本書はこうしたウェブサイトのプラットホームや検索エンジンのアルゴリズムについてわかりやすく解説し、その問題点をまとめており、難しい技術的説明や数式は使われていないので文系の読者にも十分理解できる。

 

1章と第2章は、アルゴリズムの基本的仕組みについて説明しており、ほとんど知っていることが多いが、概念の正確な理解と整理に役立つ。

3章以下の社会問題が本書の中心であり、ウェブ上で爆発的に増大する情報(「情報オーバーロード)を検索エンジンが取捨選択する(「アテンション・エコノミー(注目経済)」)過程で、見たいものを見る「認知バイアス」とアルゴリズムの相互作用で差別偏見が拡大されたり論理的でない判断がなされる危険があるとする。また、これにユーザー側でも広告費用を目当てとした「インプレッション稼ぎ」が行われ、「意図的に人々の不安や怒りの感情をあおるような情報を流すこと」まで行われるという。昨今の兵庫県知事選挙や外国人排斥の動きにおけるSNSの役割はまさにその弊害のあらわれであろう。

さらに大きな問題は、こうした偏った情報がアルゴリズムによってユーザーごとに選別され、異なる意見との交流がなされずにグループごとに分断されてしまうことだ(「エコーチェンバー」)。

 

原理的には、アルゴリズムは情報の正確性や信頼性を判断できない。

検索のランキングはユーザーの嗜好や企業のマーケティング(「ステマ」=ステルス・マーケティングを含む)などにより、アルゴリズム設計者の価値判断で左右される。アルゴリズムが公開されないか公開されても関心がなければ、ユーザーにはブラックボックスである。学習により確率論的な出力を行うAIに至っては、そのプロセスは作成者にも説明不可能であり、完全なブラックボックスなのだという(自動運転や医療診断でAIが使われた場合の説明不能問題)。

これに対し、近年はステマを禁止する法規制や個人情報収集の同意も実施されたが、アルゴリズムが情報の正確性と信頼性を判断できないという根本問題は解決していない。

 

最後に、著者はアルゴリズムの「メディア・インフラ・リテラシー」として、アルゴリズムを敵視するのではなく、「アルゴリズム設計者の視座やプロセスに対する想像力を育む」ことを提唱する。

要は、検索エンジンやAIの出した結果や答えを盲信せずに相対化して、批判的に考察する力を養うということであろう。

いわば情報ツールの《物神化》との闘いである。



 

◎2025年7月29日『ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史』芝崎祐典

☆☆☆☆☆ベルリンフィルの背負ってきた歴史の重さを感じる

あのベルリンフィルの歴史を概観した好著である。

ベルリンフィルの来日公演は何度か聴いたし、黄金に輝くベルリンのフィルハーモニーホールに行ったこともある。冷戦終結/東西ドイツ統一から少し後のことだったが、ホールのすぐ近くに「ベルリンの壁」の残骸(記念物)があったことを覚えている。フィルハーモニーホールの内部は、歌劇場のような重厚感や装飾はなく、よく言えば明るい機能的な構造、悪く言えばチープなプレハブ建築のような建物(まさに「サーカス小屋」)の印象を持った。

 

本書の内容はクラシック音楽ファンなら知っていることが多い(特にフルトヴェングラーとカラヤン以降は)のだが、ベルリンフィル草創期の初代常任指揮者ハンス・フォン・ビューローの多大な貢献や、アルトゥーロ・ニキシュの積極的なレパートリーの拡大と海外演奏活動などは知らなかったことが多い。ビューローについては、妻コージマ(リストの娘)をワーグナーに略奪されたことで有名なのだが、職人ではない「芸術家としての指揮者」として高く評価されていたとのこと。

 

しかし、やはり本書の白眉は第1次、第2次世界大戦の時代をドイツの看板オーケストラとして生き抜いた苦難の歴史であろう。とりわけ、大指揮者フルトヴェングラーがナチス(文化相ゲッペルス)との綱渡りのような駆け引きと妥協を強いられた12年間である。

シェーンヴェルクやベルクの曲やヒンデミットの交響曲「画家マティス」(*)初演がナチスとの軋轢をもたらした事件は有名だが、「ドイツ音楽」を体現するフルトヴェングラーとベルリンフィルの存在が「結果としてドイツ・ナショナリズムと音楽芸術の交差するところに位置する」ことの政治的外交的重みを自覚したフルトヴェングラーが、ベルリンフィルの運営費捻出のための政治的駆け引きを行ったと著者は書いている。

ドイツ国外に逃れたワルターやクレンペラー、エーリッヒ・クライバーらと異なり、ナチス政権下のドイツ国内にとどまって演奏活動を続けたフルトヴェングラーの苦悩が推し量られる。フルトヴェングラーはナチスのプロパガンダ映画の出演は拒否する一方、戦時下でもフランス、ベルギー、オランダ、スペイン等の演奏旅行は行っていたという。

19455月のドイツ敗戦直後からベルリンフィルは活動を開始し、526日にはティタニア・パラスト(元映画館)で演奏会を開催したというから驚く。フルトヴェングラーが復帰するまでの間はチェリビダッケが指揮者として入ったが、ベルリンフィルとは音楽的にそりが合わなかったようだ。

私がフルトヴェングラーの演奏を初めて聴いたのは学生時代だが、モノラル盤のプアな音質から聞こえてくるライブの異様な興奮とベートーヴェンの神がかり的な演奏は、戦中戦後の苦難の時代背景あってのものだと思う。あの「バイロイトの第九」もナチスの影響を払拭して再開した戦後第1回のバイロイト音楽祭開会のライブである。

*ヒンデミットの「画家マティス」はオペラにもなっているが、16世紀のドイツ農民戦争に参加した画家マティアス・グリューネヴァルトの『イーゼンハイム祭壇画』(凄絶なキリスト磔刑図で有名)をモチーフにした曲である。

(2023年8月、コルマールにて撮影)

 

カラヤンの時代以降はよく知られているが、例のザビーネ・マイヤー事件についてはカラヤンとオケの対立の先鋭化が詳しく書かれている。その副産物が、オーケストラ側の独自企画として始められたワルトビューネ野外コンサートなのだという。

なお、カラヤンの「独裁」時代の後を受けたアバド時代は「民主化」と評価されている。アバドやポリーニが共産党員であったことを、カラヤンがナチス党員だったことと同列に批判するレビューもあるが、イタリア共産党は一時は200万人以上の党員を擁したユーロコミュニズムの旗手で、東独やソ連の一党独裁国家とは一線を画していたことを付言しておく。

ベルリンフィルハーモニーホール(2010年4月撮影)

開演前のホール内部



 

◎2025年7月27日『中華料理と日本人』岩間一弘

☆☆☆☆「ジンギスカン」は北海道料理だと思っていたが・・・

著者によると、ジンギスカン料理の歴史は、中国で一般的な羊肉のあぶり焼きが1910年頃に北京で日本人の目に留まり、「成吉思汗」というユニークな名前がつけられ、それがすぐに満洲に伝わって「満洲国の名物料理」にもなったという。もとはイスラム教徒(回族)の料理だったものが、チンギスハンが遠征の野営で羊を焼いて食べたという空想たくましいイメージ化で「ジンギスカン」となったのだ。著者は、それが戦前の日本帝国のアジア征服と重ね合わせられて満州名物となったという。

北海道との結びつきは、満州との気候や風土の近さと、戦前の軍用の羊毛需要の副産物で大量に生じた羊肉の処理のためらしいが、実際にジンギスカン料理が普及したのは戦後で、そのときにはニュージーランドやオーストラリアの羊肉の輸入に頼っていたというから皮肉である。

 

このように日本における中華料理受容の歴史を、肉まん、ジンギスカン、餃子、ウーロン茶、ラーメン、シュウマイ等々を例に挙げて、ほとんどうんちくレベルといえるほど詳しく紹介しており、興味深く読んだ。

確かに、著者が言うようにこれら中華料理のルーツは戦前の日本の帝国主義的中国進出による文化交流(文化帝国主義)と敗戦後の大陸からの引き揚げ者が持ち帰って広めたものといえる。

しかし、ジンギスカンが「北海道名物」というイメージがあるように、戦後80年を経た現在では、肉まんや餃子、ラーメン等は日本の国民食として発展し、多種多様に変容して普及しており、これらを戦前の帝国主義的中国進出と結びつけて食べる人はいない。また、その必要もないのではないか。戦前の侵略に関わった人々や引き揚げ者たちの意識においては料理と侵略が不可分に結びついていたとしても、料理自体に侵略の思想や色が着いているわけではないからである。

中華料理に限らず、食を通じた異文化交流によって異文化の理解と他国への尊重を深めればよいのである。


 

◎2025年7月22日『哲学するベートーヴェン』伊藤貴雄

☆☆☆☆カント哲学がシラーを経てどう第九に影響したか

 ベートーヴェンの第九の成立史については、最近の『ベートーヴェン《第九》の世界』(小宮正安著 レビュー済み)でもシラーの詩『歓喜に寄す』からの変容が丁寧に論じられていたが、本書はカント哲学のシラーへの強い影響、さらには第九への影響の可能性に光を当てて論じている。

 著者は、若きベートーヴェンが「啓蒙都市」ボン大学哲学科の聴講生としてカント哲学に接したのではないかと推測しており、その仲介者となったボン大学の教授たちを紹介している。

 また、ベートーヴェンのいくつかの歌曲や歌劇『レオノーレ』(『フィデリオ』)、『ミサ・ソレムニス』の分析から、カントの影響も論じている。

 ただし、ベートーヴェンとカントの直接のつながりという点では、カントの宇宙論である『天界の一般自然史と理論』を読んでノートをとっていることと、『実践理性批判』の有名な結語「わが上なる星輝く天空とわが内なる道徳法則」の孫引き引用があることが知られているくらいである。カントの主著である『純粋理性批判』や美学論の『判断力批判』をベートーヴェンが読んだ形跡はない。

 

 確かに啓蒙の世紀とフランス革命を背景とした同時代の雰囲気と、啓蒙の申し子であるカントがシラーやボン大学教授らを通じてベート-ヴェンへと結びつく流れは理解できるが、カントの直接的影響とその強さという点では間接証拠の積み重ねで、隔靴掻痒の感がある。

 第九に用いられたシラーの詩という点ではカントの宇宙論や道徳神学の影響は認められるとしても、肝心の音楽の点では、苦悩から歓喜へあるいは暗から明へというらせん状のダイナミックな推進力や、各楽章のモチーフを否定しつつ高次の総合に達するベートーヴェンらしい曲作りは、アドルノの言うようにヘーゲルの弁証法を私は想起するのだが(ヘーゲルはベートーヴェンと奇しくも生年が同じ1870年の同時代人で、主著の『精神の現象学』は1807年刊行である)。

 

 なお、第九の合唱で繰り返される次の歌詞、

Seid umschlungen Millionen !  Diesen Kuß der ganzen Welt !

を、通常は①「抱き合え、幾百万の人々よ!/全世界にこの口づけを(与えよ)!」

と訳しているが、本書では、②「抱かれてあれ、幾百万の人々よ!/全世界のこの口づけを(受けよ)!」を採用している。確かに、文法的には受け身形であり、カントの宇宙論と道徳神学のシラーへの影響を重視すると、②の訳が説得力があるようだ。

 ちなみに、この箇所の英訳(BBC Proms 2013プログラムによる)は、

 “Be embraced, you millions !/This kiss is for the whole world !”

となっていて、前段は②だが後段は①に近い訳となっている。



 

2025717日『三国志読本』宮城谷昌光

☆☆☆☆宮城谷版『三国志』のエッセンスを語る

井波律子『「三国志」を読む』(レビュー済み)を読んだついでに本書を手に取った。

本書の表題にもかかわらず、宮城谷版『三国志』の自作解説はごく一部で、『オール讀物』と『文藝春秋』に2001年の連載開始時、2004年、2012年、そして2013年の連載終了時に掲載された4本の記事をまとめたものである。そのため、繰り返しの部分が多く、微妙なズレを感じる箇所もある。

 

著者の自作解説によると、宮城谷版『三国志』は人口に膾炙した『三国志演義』ではなく、歴史書としての『三国志』に基づく時代小説であり、劉備ではなく曹操が中心となるという。

上記井波律子の著作でも、『演義』は劉備を善玉としてこれに対する曹操を極悪人として描いているが、歴史書の『三国志』では曹操が主役だとしており、著者同様、宦官を(養)祖父に持つ曹操の出自と人材登用の重視などの点で曹操を評価している。

他方、著者の劉備に対する評価は独特であり、「もっともつかみどころのない人物」に見えるが、「その思想の核心は儒教ではなく道教ではないか」とする。そして、「あらゆるものを捨てて、蜀の国を得た」のだという。この点、諸葛孔明は神秘的な人物のようで実は極めて常識的な内政家であり、「最大に常識的な諸葛孔明と、最大に非常識者の劉備のコンビは、やはり最高でした」と評する。ところが、非常識人劉備の理想に惹かれた関羽は、劉備が蜀の国に縛り付けられるのを嫌って距離を置いたのだと著者はいう。

また、孔明の有名な「泣いて馬謖を斬る」エピソードも、著者によれば「将帥が敗戦の責任を部下になすりつけた」と厳しく評している。

このような従来の『演義』的三国志観と異なる宮城谷版『三国志』で、新たな視点から歴史の興味がかき立てられそうである。



 

◎2025年7月16日『「三国志」を読む』井波律子

☆☆☆☆☆歴史書から読む『三国志』

長大な歴史小説である『三国志演義』の個人全訳者である井波律子(2020年死去)による『三国志』解説である。

元は200210月に4回に分けて行われた岩波市民セミナーで、『三国志演義』ではなく歴史書の『三国志』を中心に、漢文の原文とその読み下し文を資料に用いた講演である。したがって、一般人向けのわかりやすい語り口で、古典が格調高く解説されている。

 

テレビドラマや京劇でおなじみの三国志は14世紀に書かれた羅貫中の『三国志演義』によるものだが、これは実際の三国志の時代から1000年も後の作であり、かつ、その間の民間芸能や芝居などを踏まえたものだという。これに対し、歴史書としての『三国志』は蜀の人である陳寿が書き、それに約100年後の裴松之が詳細な注をつけたものである。

本書の付録①『吉川幸次郎『三国志実録』解説』をみると、中国文学の大家である吉川は『三国志演義』では曹操が敵役・悪役のイメージをかぶせられていることを痛恨事として、曹操が中国の詩の歴史で重要な地位を占めていることを強調している。吉川を恩師とする著者も、セミナー第2回の『魏書』の解説をみれば曹操を公正に評価しようとしていることがわかる。特に、曹操が袁紹らを破って河北を制したのは、知識人・官僚グループ「清流派」を味方につけたことが大きいという。

曹操の人となりについては、「佻易にして威重無し。音楽を好み、倡優、側に在り、常に日を以て夕べに達す」、「人と談論する毎に、戯弄して言誦し、尽く隠す所無し。歓悦して大笑するに及びては、頭を以て杯案の中に没し、肴膳皆な巾幘を沾汚するに至る」といった爽快な人物像が紹介されている。

曹操の評価は近年上昇しているようで、中国のテレビドラマなどでも詩を愛した英雄として描かれているようだ。

 

セミナー第3回は『蜀書』が劉備と諸葛亮(孔明)の伝記を中心に、第4回は『呉書』が孫権と周瑜・魯粛・呂蒙の伝記を中心に解説される。

劉備・関羽・張飛の3人は曹操と同じく乱世を切り拓いた第1世代、諸葛亮は孫権や周瑜らと同じ第2世代である。

本書では劉備没後に諸葛亮が発した有名な「出師の表」が、漢文と読み下し文で全文掲載されているのがうれしい。その一部を紹介する。

《臣亮言す。先帝、創業未だ半ばならざるに、中道にて崩殂す。今、天下は三分して、益州は罷弊す。此れ誠に危急存亡の秋也。・・・

臣は本と布衣にして、躬ら南陽に耕し、苟も性命を乱世に全うして、聞達を諸侯に求めず。先帝は臣の卑鄙を以てせず、猥に自ら枉屈し、三たび臣を草廬の中に顧み、臣に諮るに当世の事を以てす。是に由りて感激し、遂に先帝に許すに駆馳を以てす。・・・》


なお、「三日会わざれば刮目して見よ」という有名な言葉は『呉書』の注『江表伝』に由来し、呂蒙が魯粛に対して述べた言葉である(「士別るること三日、即ち更に刮目して相い待さん」)。



 

◎2025年7月12日『「国語」と出会いなおす』矢野利裕

☆☆☆生徒たちを文学に親しませることが目標では?

著者は私立の中高一貫校の専任教員として国語を教える立場で、近年の教育改革(「文学国語」と「論理国語」の区別など)を踏まえて、文学をどう教えるかを様々な観点で論じている。

実は私も少年時代から文学好きで、大学は文学部を卒業しているから、著者のジレンマは理解できるつもりなのだが、本書を読んでも著者の教育目標がどこに据えられているのかよくわからなかった。

 

まず、著者は「文学とはなにか」という大上段の問いを立て、福田和也の「読者の通念に切り込み、それを揺らがせ、不安や危機感を植え付けようと試みる」という定義を引用するのだが、最終章では文学とは「文字を通じて再獲得された《私》たちが互いにコミュニケーションをする場所である」と再設定される。その間に構造主義の文学理論や哲学が言及されるのだが、こういった思弁的考察が生徒たちへの教育にどう関係するのかよくわからない。

 

具体例としては、夏目漱石の「こころ」やヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」を教材とした授業が俎上に挙げられている。これらが今でも国語教科書の定番であることに驚くが、後者については主人公の少年が美しい昆虫標本の盗みを働く場面が「罪とその葛藤」の物語として議論される。

しかし、このような議論は著者自身が批判的にいう「道徳的教訓」をめぐる授業にならないのか。この点、著者は國分功一郎の「中動態」なる概念を援用して、「意志の伴わない選択」であった可能性に言及しているが、規範意識の程度の差はあっても少年に意志があるからこそ物語として成り立つのであって、「中動態的なリアリティ」など存在しないだろう。

文学の授業である以上、「道徳的教訓」ではなく、主人公の心理描写の巧みさやその結果として読者に生み出される感動や情動が主題となるべきだと思うのだが、「心情」に寄り添うことや「鑑賞」ではダメだという。

 

同様の問題は、音読に対する著者の態度にもあらわれている。島崎藤村の「初恋」(『若菜集』)を教材とした授業で、指導要領には「内容が理解できたら音読してみよう」となっているにもかかわらず、著者は音読には「思い入れがない」として、「読解や解釈」をもっとやりたいという。しかし、文学が言葉の芸術である以上、その意味内容だけではなく、言葉や文章の持つ音としての響きや美しさをまず味わうべきではないか。まして、「初恋」は詩歌である。生徒全員に音読させなくても、分担させて読ませてもいいし、教員が音読の手本を示してもよい。

滝口悠生が著者との対談で、自作が試験問題に使用されることについて、「作品をただ読むだけならそんなに急いで読むことは望ましいとは思えない」と語っているように、文学作品は詩でも小説でも音読するように味わいながら読むべきなのである。

 

国語教育で文学を教える意義は、文学に接したことのない生徒たちに文学への親しみと面白さを感じさせ、豊穣な文学の世界の扉を開くことにあるのではないだろうか。その目標がどの程度据えられているのか、本書を読んでも伝わってこなかった。

 

なお、著者は最終章で「国語のナショナリスティックな側面」を問題視して論じているが、なぜ教科名が未だに「日本語」ではなく「国語」なのか?

かつての「国史」はかなり前から「日本史」となっているが、国語も他の言語と同等に「日本語」として教えればよいのではないか。



 

◎2025年7月8日『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』赤根智子

☆☆☆☆☆「法の支配」貫徹への献身に頭が下がる

国際刑事裁判所(ICC)とその所長である著者のことは、ロシアのプーチン大統領の著者らに対する指名手配と、最近ではアメリカのトランプ大統領就任後のICCに対する制裁で有名になった。前者はウクライナ戦争におけるロシアの子ども連れ去り等の戦争犯罪を理由とした逮捕状の発付に対抗するものであり、後者はガザの虐殺に関わるイスラエル・ネタニヤフ首相らの戦争犯罪を理由にした逮捕状発付に対する制裁である。

これらをみるとICCは政治的な裁判所であるかのようなイメージを持つ人もいるかもしれないが、著者は強くこれを否定し、「裁判官として、あくまでも事実と法にもとづいて判断をしているだけなのに、ICCを取り巻く政治的な動きに否応なく巻き込まれてしまう」と危機感を強めている。

本書は、こうした著者の危機感を反映し、特に日本政府と国民にICCへの理解と協力を求めるために書かれた。

 

ICC2002年に設立され、現在は125カ国が締約国となっているが、その淵源は第二次大戦後のニュルンベルク裁判と東京裁判にあり、その後の旧ユーゴスラビア国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷などの経験を経て設立されたものだ。裁判官は18人で、現在の構成は出身地域がアジア太平洋地域3人、西欧4人、東欧3人、中南米4人、アフリカ4人で、男女比は男性7人、女性11人とのこと。

ICCが対象とする犯罪は、①ジェノサイド犯罪、②人道に対する犯罪、③戦争犯罪、④侵略犯罪の4つに限定され、これらを「中核犯罪」(コアクライム)と呼ぶ。これを独立した検察局が捜査し、予審を経て公判にかける。まさに事実と法規範に基づく司法機関であって、政治的思惑で判断が左右されることはない。

にもかかわらず、米ロ中の3超大国は締約国に入っておらず、トランプ大統領の政治的意図による制裁でICCは危機に瀕しているという。具体的にはカーン検察官がアメリカに入国できなくなり、ICCITCシステムにアクセスできなくなったことなどだが、追加制裁の内容次第ではICCの裁判業務に支障が生じかねないという。

ICC所長としての著者の目下の最大の課題はこのアメリカの制裁に対しICCの活動を守ることであり、その思いは本書の全体を通じて強く伝わってくる。「歴史を逆行させてはならない」という著者の訴えは重要である。

 

なお、国連の機関であり国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)も現在の所長は日本出身の岩澤雄司氏が就任したとのことであり、日本は「法の支配」が貫徹した国とみられているという。確かに、トランプ大統領の目に余る裁判所無視・敵視や、ロシアや中国などの権威主義国家に比べるとそう見えるのかもしれない。

ただし、著者の奮闘にもかかわらず日本政府のICC支援は弱く、トランプ大統領のICC制裁を批判する締約国79カ国の共同声明にも加わっていない。

著者は日本がジェノサイド条約に加盟し、「中核犯罪」処罰を法制化して国際貢献することを求めている。


 

◎2025年7月6日『近親性交 ~語られざる家族の闇~』阿部恭子

☆☆☆☆☆家父長的支配と男尊女卑が「家族の被害」を生み出す

著者は、犯罪加害者の家族への支援に長年取り組んできた中で出会った家族内の被害として、社会的タブーである近親性交に切り込んで問題提起をしている。

本書の目的について、著者は「おわりに」で次のように書いている。

《本書の目的は、家族が有する暴力性を明らかにすることで、家庭内の被害者も社会における被害者であり、保護されるべき存在だという認識を社会に与えることだと考えてきた。そして、被害者は誰からも責められるいわれはなく、周囲に助けを求めて良いのだと伝えたい。》

 

本書に取り上げられている事例はいずれも著者が犯罪加害者家族の支援の機会に相談を受けた実例であり、その数は必ずしも多くないが、父と娘、兄と妹、母と息子等々の様々なパターンがあり、中には兄の子や父の子を産み育てている例まで紹介されている。

ほぼ共通する特徴としては、家父長的で権威主義的な父親の支配とその下での母親の無力化、虐待の日常化、男尊女卑思想による加害と被害の隠蔽である。その結果、被害者(多くは女性)は沈黙を強制されて家を追い出され、加害者(長男など)も親の過剰な期待の重圧の下で精神を病んでしまう。

問題は、これが社会的タブーであることと相まって、被害者が社会の保護や援助を求められないことにあり、そのために被害者は「結局、頼れるのは家族だけ」とあきらめて、地域から遠く離れたところで孤立した人生を選択する。

 

さらに重い課題は、近親性交で生まれた子の「出自を知る権利」をどう考えるかである。

これは犯罪加害者の子にも共通するのだが、近親性交で生まれた子の場合は戸籍の父親欄が空白になっている。これに対し著者は、父親が誰か知らない方が本人のためという立場をとらず、社会的タブーを取り払って告知しやすい環境を作ること、そのための親の覚悟が重要だとする。

《子どもの成長にとって重要なのは、世間体を取り繕うことに意識を向けるのではなく、真っすぐ子どもに愛情を注ぐことである。》

この著者の言葉を、子育てに悩む親たちは深く心に刻むべきである。



 

◎2025年7月4日『タクトは踊る 風雲児・小澤征爾の生涯』中丸美繪

☆☆リスペクトがないし、肝心のことが書かれていない

 昨年亡くなった指揮者小澤征爾の演奏は何度か実演で聴いたし、録画や録音でもたくさん見ているが、その波乱に満ちた生涯についてもっと詳しく知りたいと思って本書を読んだ。

 

小澤が戦前の満州と北京で幼年時代を過ごしたことや、「征爾」の名が関東軍の板垣征四郎と石原莞爾に由来することは知っていたが、小澤の父開作が満州国の理念に心酔し歯科医を放り出して軍属として板垣・石原に仕えていたとは知らなかった。

また、海外渡航の困難な時代にフランスに渡航しスクーターで「武者修行」の旅をしたことや、帰国後のNHK交響楽団との確執や日本交響楽団の争議と分裂騒ぎも有名だが、そのいきさつも詳しく書かれている。

 

ただ、著者は小澤の「風雲児」としての破天荒な人生とその人となりには関心はあっても、小澤の音楽にはあまり共感がないのだろう。小澤の人物像や行動が外面的にしかとらえられておらず、その指揮や音楽については悪意があるとしか思えない伝聞や引用が随所にちりばめられている。

曰く、小澤は「江戸さんを利用したり、バーンスタインにとりいったり、ボストン交響楽団にとって大切なクーセヴィツキー夫人の懐にもはいっていった」とか、江戸英雄氏が娘の江戸京子と小澤の離婚後も最晩年まで小澤を支え続けたのは「小澤さんの才能をわかっていたからではなく、・・・どんな人からでも頼まれれば断ることが決してなかった」から等々、ほとんど誹謗中傷のオンパレードである。

極めつけは小澤の指揮者人生の頂点ともいえるウィーン国立歌劇場の音楽監督就任をめぐるいきさつで、「ニューヨーク駐在の某商事会社の駐在員」の話として「小澤さんのウィーンの音楽監督就任にあたっては、日本財界、わけてもトヨタの財政支援とセットだったというのは、公然の秘密と聞いていました」などという、出所も内容もいかがわしい伝聞情報を裏付け取材なしで紹介している。これではウィーン国立歌劇場やウィーン市民に対してあまりに失礼であろう。また、小澤がウィーンで『ニーベルングの指輪4部作』を「振らせてもらえなかった」などと著者は書いているが、もともと小澤はワーグナー指揮者ではないし、あのカルロス・クライバーやバーンスタインでさえワーグナーは『トリスタンとイゾルデ』しか録音していない。

小澤のキャリアの重要部分を占めるボストン交響楽団時代についても、地元のメディアの批判的な評価を切り取り的に紹介しているだけだ。

しかし、小澤ファンに限らず音楽ファンが知りたいことは、小澤がブザンソンの指揮者コンクールで優勝したことやクーセヴィツキー賞を受賞できた理由、カラヤンやバースタインに愛弟子として扱われた理由、ボストン交響楽団の音楽監督を29年もの長きにわたって続けられた理由、ウィーンで受け入れられた理由等々、すなわち指揮者小澤を「世界のオザワ」にした音楽性や芸術性なのである。

この点、著者は小澤の伝記を書くために毎年のように松本のフェスティバルに通ったというが、小澤の演奏に関する著者自身の音楽批評はほとんど書いていない(亡くなった吉田秀和氏なら、自身が聴いた演奏会の批評を中心にした、指揮者へのリスペクトを込めた伝記を書いたはずだ)。

小澤のたぐいまれなエネルギーと行動力、「チャンスの前髪」をつかむ機敏さ、それを裏打ちする信じられない努力、誰からも愛される人間性などは本書からも読み取れるが、音楽家であり芸術家である指揮者小澤征爾の肝心のことが無視されていると思わざるをえないのである。


2010年1月ウィーン国立歌劇場にて撮影

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