2026年後半読書日記
【2026 年後半】 ◎2026年7月14日『歴史学は世界を変えることができるか』松沢裕作 ◎2026年7月13日『荒野のストレンジャー』(映画) ◎2026年7月9日『分断80年』徐台教 ◎2026年7月7日『スリー・キングス』(映画) ◎2026年7月5日『マーニー』(映画) ◎2026年7月4日『たったひとつの雪のかけら』ウン・ヒギョン ◎2026年7月14日『歴史学は世界を変えることができるか』松沢裕作 ☆☆☆☆「現実を組み替えてゆく実践」につなげる可能性を開く 大胆で勇敢な表題に惹かれて本書を買ったが、表題論文は最後の短い論文で、あとは様々な機会に発表した論文や講演をまとめたものである。 しかも、前半の第Ⅰ部は歴史学会内部の学説史や学派を意識して書かれたもので、外部の一般人にはわからない話が多い。 その中でも比較的わかりやすい 3 では、日本近世から近代への移行期の連続と断絶に関する学会内の議論状況が概観されるが、近年では「社会が変わる」という移行期や時代区分に関心が低下しているという(自然科学モデル)。これに対し、著者は社会変わる可能性があることへの関心が薄らぐことに危惧の念を覚えると述べている。 第Ⅱ部は、国民国家論や自由民権運動などの著者の専門分野である日本近代の問題を取り上げており、牧原常夫、武田晴人、福沢諭吉などの議論を俎上に論じており、第Ⅰ部よりはわかりやすい。 特に、戊辰戦争に武士以外の多くの平民が関わったことが「戊辰戦後デモクラシー」を生み出し、自由民権運動につながっているという議論は興味深かった。平民が戦争に参加することで社会参加と発言力の強化が生まれるというのは、ペルシャ戦争後のアテネの民主政治を想起させるが、日清及び日露戦争後についても同様の議論が当てはまる。 ただし、福沢諭吉はこうした戦場帰りの「血腥い怖い」人々をいかに教育に取り込んでいくかと書いており、いち早く暴力をコントロールする課題を認識していたようだ。 最後の表題論文で、著者は「歴史学にはそれだけで世界を変える力など付与されてはいないが、世界を変えたいと願う時に、歴史学の役割や持ち場というものはおそらくある」と述べ、その役割として「抑圧を発見し、その抑圧の構造を解...