2019年後半読書日記
【2019年前半 読書日記】
◎2019年6月22日『チェーザレ 破壊の創造者(12) (KCデラックス)』惣領冬実
◎2019年6月20日『新版 伊勢物語 付現代語訳 (角川ソフィア文庫)』
◎2019年6月3日『ファイアーウォール 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年5月26日『背後の足音 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年5月19日『生かされなかった八甲田山の悲劇』伊藤薫
◎2019年5月11日『地銀波乱』日本経済新聞社
◎2019年5月3日『五番目の女 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年4月25日『興亡の世界史 インカとスペイン 帝国の交錯 (講談社学術文庫)』網野徹哉
◎2019年3月30日『目くらましの道 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年3月30日『北の十字軍 「ヨーロッパ」の北方拡大 (講談社学術文庫)』山内進
◎2019年3月22日『笑う男 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年3月18日『白い雌ライオン 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年3月14日『イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)』森本公誠
◎2019年3月13日『リガの犬たち 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年3月9日『殺人者の顔 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
◎2019年2月5日『十二世紀のルネサンス ヨーロッパの目覚め (講談社学術文庫)』チャールズ・ホーマー・ハスキンス
◎2019年1月21日『大統領失踪 上下 (早川書房)』ビル・クリントン
◎2019年1月12日『平家物語(上下) (角川ソフィア文庫)』
◎2019年1月11日『闘う文豪とナチス・ドイツ - トーマス・マンの亡命日記 (中公新書)』池内紀
◎2019年1月8日『ブッデンブローク家の人々(下)』トーマス・マン
◎2019年1月3日『ブッデンブローク家の人々(上)』トーマス・マン
◎2019年6月22日『チェーザレ 破壊の創造者(12)』惣領冬実
☆☆☆☆☆コンクラーベ!!
11巻が出版されたのが2015年1月。なんと4年以上待たされた12巻である。待ちくたびれて、もうほとんど諦めていた人も多いのではないか。第1巻の出版が2006年10月だから、著者のライフワークといってよいのだろうが、ファンのためにもう少し早く出版してほしい。主人公チェーザレ・ボルジアが成人して、マキアヴェリを驚嘆させた政治力virtu、毀誉褒貶の本領を発揮するのはまだまだ先のことなのだか、このペースではそこまで行き着くのかどうか・・・。
しかし、内容はさすがに綿密な取材に裏付けられており、人物やルネサンス・イタリアの風景描写も美しい。
この巻では、1492年の教皇選挙(コンクラーベ)が描かれるが、コンクラーベが行われるシスティーナ礼拝堂にはまだミケランジェロの天井画「創世記」も祭壇画「最後の審判」も描かれておらず、天井には星空が描かれ、側壁にボッティチェッリらのフレスコ画が描かれている。このあたりの時代考証も正確である。
コンクラーベの枢機卿らの駆け引きは、少ない資料を作者の想像力で補ったものであろうが、当時を彷彿させるリアリティがある。
それにしても、ナポリ派とミラノ派の争いに都市国家フィレンツェや海上帝国ヴェネツィアが日和見的に絡むルネサンス・イタリアの政治状況は複雑怪奇であり、読者は登場人物の背景に注意しながら読まないとストーリーが理解できないであろう。
ちなみに、ロドリーゴ・ボルジア枢機卿は後の教皇アレクサンデル6世、そのライバルのジュリアーノ・ローヴェレ枢機卿は後の教皇ユリウス2世、ジョバンニ・デ・メディチ枢機卿は後の教皇レオ10世であり、ルネサンス芸術のパトロンとして有名なのはユリウス2世とレオ10世である。
◎2019年6月20日『新版 伊勢物語 付現代語訳 (角川ソフィア文庫)』
☆☆☆☆誰もが知る古典だが、実は難しい
『伊勢物語』は中学高校の古文でもいくつかの段は必ず習うし、日本文化全体への影響という意味でも読んでおきたい古典中の古典である。
例えば、初段の「初冠」。ここで男は旧都奈良の里で美しい姉妹を垣間見るが、この「垣間見」は後に源氏物語で光源氏の若紫の垣間見、柏木の女三の宮の垣間見、薫の宇治の姫君の垣間見と、男が恋に陥るきっかけとして多用されている。平たくいえば「のぞき」なのだが、姫君が人前にあらわれない時代には「垣間見」は実にエロチックな響きを持ち想像力を喚起させた。
さらに、男が都の権力闘争に敗れて東国に行く「東下り」の段。ここでは都に残してきた妻や恋人への想いが叙情たっぷりに語られるが、カキツバタの歌で有名な「三河国八つ橋」や隅田川の「都鳥」の歌などは、地名や日本画の主題として繰り返し使われている。ちなみに、東京には「言問通り」「言問橋」「業平橋」といった伊勢物語にちなんだ地名があるが、かつての東武線「業平橋駅」は今では「東京スカイツリー駅」と改名されてしまい、古典の風情を失ってしまった。
その他、有名なところでは美しい情感に満ちた「筒井筒」の段などがあるし、伊勢の斎宮の段など当時としてはかなりきわどい話などもちりばめられているが、全125段の多くは「昔、男・・・」という簡潔な説明で歌が導入され、その背景がよくわからないうえ、歌の解釈はさらに難しい。古歌の本歌取りや隠れた文意の補足などが当然必要になるが、本書の注釈を読んでもなおわからないことが多く、現代語訳を参照したいところもある。
この点、Kindle版では注釈と歌の注はクリックすれば見やすいが、現代語訳はいったん目次まで戻る必要があり使いにくい。原文から現代語訳にワンタッチで移動できるようにしてもらいたいところだ。
ちなみに、最終段の業平の辞世の歌は中高年には身につまされる印象深いものである。
「つひに行く道とはかねて聞きしかど/昨日今日とは思はざりしを」
◎2019年6月3日『ファイアーウォール 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆サイバーテロを描く先見性ある力作
毎回社会問題を取り上げる刑事ヴァランダーシリーズだが、今回はサイバーテロである。
一見何の脈絡もない少女によるタクシー強盗殺人、路上の変死体、変電所での殺人と大規模な停電等が次々と田舎町イースタで発生し、捜査陣をきりきり舞いさせる。そして、捜査の焦点は変死体となった男の残したパソコンの厳重なファイアーウォールを突破し、隠された犯罪計画の全体像を解明することに収斂していく。
ここで登場するのがペンタゴンのシステムに侵入して処罰されたハッカーの若者であるが、ハッカーと言えば北欧ミステリーの読者は『ミレニアム』三部作のリスベット・サランデルを想起するのではなかろうか。しかし、『ミレニアム』の第一部が2005年に刊行されたのに対し、本書が刊行されたのは1998年であり、ハッカーやサイバーテロを扱った推理小説として本書は先駆的なものといえよう。
主人公のヴァランダーは旧世代の刑事なので当然こうしたIT犯罪には全く対応できないが、前科のあるハッカーをいち早く活用する勘のよさを見せている。しかし、本書ではヴァランダーは取調中の少女殴打疑惑や信頼していた部下の裏切り、挙げ句の果てはハニートラップにまで引っかかり、ヨレヨレの状態で捜査を指揮する。そして、それがストーリーの手に汗握るスリリングな展開の仕掛けにもなっている。このあたりの「アンチ・ヒーロー」ともいうべき人物造形は実に巧みで面白く、著者がこの主人公に愛着を感じて楽しんで書いているのではないかと思う。
ただ、プロットが広がりすぎたためか、最後まで解決されない謎が残ってしまっており、その点で☆を1つ減らした。
◎2019年5月26日『背後の足音 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆☆無差別殺人を生み出す社会の闇
このシリーズは1990年代以降、すなわち冷戦崩壊後の社会の変化を大きなテーマとしてとりあげ、移民問題や福祉社会の行き詰まりが生み出す犯罪を描いているが、本書では不条理極まりない無差別殺人を描く。
北欧らしい夏至祭を楽しむ若者や結婚式を挙げた直後の幸福絶頂の男女が突如命を奪われる。その不条理さに遺族はやり場のない憤りと喪失感に苛まれる。これらは銃乱射事件や通り魔事件で巻き添えとなった被害者に共通する問題であるが、こうした犯罪をサイコパスとか精神病で安易に片付けずに、現代社会の歪みが生み出す社会問題として提起しているのが本シリーズであろう。
本書では、不条理な連続殺人にヴァランダーの同僚刑事の殺人が絡んでいるため、事件の謎解きが複雑で面白いことに加え、同僚を殺された刑事たちの様々な感情の交錯も描かれていて、物語の厚みを増している。各刑事や検事のキャラクターの描き分けもシリーズを興味深く飽きさせないようにしているといえる。また、主人公ヴァランダーにはシリーズ初期のルール破りの猪突猛進型刑事の片鱗が復活していて、ハラハラさせるサスペンス的要素も楽しめる。
なお、下巻の末尾には訳者の柳沢さんの解説の他、小山正氏のマンケル小論が掲載されていて、著者の経歴や活動を知ることができる。
◎2019年5月19日『生かされなかった八甲田山の悲劇』伊藤薫
☆☆☆八甲田山雪中行軍殉難事件の後日譚
著者は元自衛官で八甲田山の雪中訓練も経験しており、その視点から八甲田山雪中行軍殉難事件を調査して「八甲田山 消された真実」を著している(レビュー済み)。この著作はいわばその後日譚で、八甲田山殉難の教訓が行軍訓練の目的であった日露戦争で活かされたのかどうかが著書の主題であったと思われる。
しかし、その目的からすると雪中行軍の教訓と日露戦争の比較を論じた部分は最後のほうの一部だけであり、兵士の服装の防寒対策にごく一部が活かされただけで、教訓は十分活かされなかったということのようだ。
他方、有名な旅順要塞攻略戦にはかなりの紙幅が割かれていて、多数の兵士を犠牲にした正面突撃の繰り返しには厳しい批判が加えられているが、ここで指摘されている敵情分析が不十分なのに司令部の立てた計画を無謀に実行しようとする軍の体質は、雪中行軍の教訓というよりもその後のノモンハン戦争やアジア・太平洋戦争にも共通する日本軍全体の問題といえる。
この著作では雪中行軍を生き延びた将兵や、八甲田踏破に成功した31連隊の福島大尉の後日譚(日露戦争で戦死)が触れられていて、こちらは興味深い。福島大尉の扱いは前著よりは公平に感じられ、31連隊の教訓は日露戦争で活かされていたことが述べられている。
ただ、後日譚としては調査も記述量も物足りず、雪中行軍殉難事件の回顧の部分が随所に長く挿入されていて、全体として散漫でまとまりのない印象を与える。
もっと雪中行軍を生き延びた将兵や31連隊のその後に焦点を合わせた論述にした方がよかったと思う。
◎2019年5月11日『地銀波乱』日本経済新聞社
☆☆☆☆地銀の苦境がよくわかるルポ
日経新聞の記事や連載をまとめたもので、注目を浴びたスルガ銀行とアパートローンの問題にかなりの部分が充てられているが、その他の部分はやや散漫でまとまりを欠く。
しかし、多数の記者の取材による全国の地銀に関する情報は、地銀全般の置かれた苦境を概観するのに有益である。
それにしても、1990年代のバブル崩壊や2000年代のリーマンショックなどの金融危機から銀行業界はまだ脱しきれておらず、かえって長引く超低金利政策の下で本業の収支が悪化し、リスクの大きい投資に依存せざるを得なくなっている。
アベノミクスで史上最長の好景気などといっても、その実態は不正常な超低金利政策の長期化と政府による株価操作そのものの投信買い支えで無理に好景気を演出し続けているのであり、バブル崩壊のような破綻を回避してソフトランディングできるかどうかは全く不透明である。
銀行業界にとって超低金利政策は本業の収支を悪化するものではあるが、金利を上げると体力のない企業が大量倒産して不良債権が増加するため、超低金利政策を続けざるを得ないという。そのため、企業融資から個人融資に転換して成功したかに見えたのがスルガ銀行だったのだが、その行き着く先は回収の見込みのないアパートローンの増加と銀行の組織ぐるみのずさん審査の横行だった。このアパートローンをめぐっては、アパートの借り手がつかずにローンを返済できないオーナーが被害者として報道されたが、本書では「法人スキーム」による錬金術のような融資の引き出しで数十億円の資産家となった個人投資家の話なども紹介されており、金融政策の歪みがよくわかる。
本書は最終章で地銀の活路として「草の根金融」に立ち返り、そのために創意工夫を発揮している例をいくつか紹介しているが、それらはまだ小さな端緒にすぎず、苦境脱出の展望にはほど遠い。
◎2019年5月3日『五番目の女 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆やや肩透かしの展開だが、ストーリーは巧み
プロローグのアルジェリアの宗教テロと思われる残酷な女性殺害、ベトナム戦争のゲリラのような壕の罠で串刺しになる第1の殺人、さらには傭兵をめぐる捜査の徹底追及といった物語の始まりからは、これまでのヴァランダー・シリーズで取り上げられた国際紛争や人種差別問題が小説のモチーフとなっているのかと思ったが、これは肩透かしで、今回のテーマは女性に対するドメスティックバイオレンスとその私的制裁である。後者は、当時のスウェーデン社会で問題化していたと思われる自警団による暴力としても取り上げられている。
連続する残酷な殺人に対し、ヴァランダーをキャップとする捜査チームは同一犯による連続殺人であると考えながら、犯人像と犯罪の動機、被害者相互の関連性がつかめず、わずかな手がかりをしらみつぶしに徹底捜査していく。関連性がなく無駄になった手がかりと捜査にもかなりの紙幅を割いている。その捜査のディテールと各捜査官の役割、人物造形が巧みに描かれていて、捜査官の焦りと疲労感が臨場感を持って伝わってくるのはさすがである。
また、ヴァランダーの父や娘、恋人との関係といった私生活上の悩みが通奏低音のように語られるのも、小説のひねりとして相変わらず効果的だが、前編の「目くらましの犬」からヴァランダーは部下思いの優秀なチームリーダーとして活動しており、シリーズ初期のような型破りでルール違反を繰り返すイメージを払拭している。これは作風の変化というよりも、捜査官としての成長ということなのだろう。
◎2019年4月25日『興亡の世界史 インカとスペイン 帝国の交錯 (講談社学術文庫)』網野徹哉
☆☆☆☆スペイン帝国から中南米史へ、気宇壮大な社会史概論
著者は中南米史が専門とのことだが、昭和世代の人は「網野」といえば日本中世史学者の網野善彦氏をすぐ想起するだろう。後者は社会の周縁に光を当てた社会史・民衆史研究のパイオニアで『無縁、苦界、楽』などの名著で有名だが、調べたところ著者は網野善彦氏の長男とのことである。善彦氏の社会史的手法はこの著者のインカ史へのアプローチに引き継がれている。
ところで、中南米史そのものが日本人には非常に知識の薄い分野であり、高校の世界史でもコロンブスの新大陸「発見」以後、スペイン征服者がマヤ文明とアステカ文明を滅ぼしたことや、南米ポトシ銀山から送られる大量の銀がヨーロッパ経済に革命的構造変化をもたらしたことくらいしか学ばない。
その意味で、スペインによる征服以前にも触れた中南米史そのものが非常に新鮮である。特に、インカ帝国の勃興と諸部族の対立、スペインによる征服後のインカ貴族と対立部族のスペイン帝国への取り込み、その後の帝国官僚の圧政と腐敗から18世紀にインカをシンボルとして起きた数次の大反乱など、現地の民衆や社会の観点からの歴史描写は平板な植民地史観を覆すものである。
さらに、この著書のユニークさはインカ史の前段としてスペインの国土回復運動(レコンキスタ)と反ユダヤ主義、その結果として猛威を振るったユダヤ系改宗者に対する異端審問から歴史を説き起こしているところである。カトリックの異端審問と反ユダヤ主義の関係の指摘自体も興味深いものと言えるが、それが大西洋を越えて新大陸でそのまま繰り返されたという考察は気宇壮大かつ意欲的である。異端審問によりスペインを排除されたユダヤ系改宗者たちは新大陸に新たな活路を見いだし、大西洋をはさんだ新大陸とヨーロッパ世界との交易、さらには太平洋を越えてフィリピンや中国との交易も担っていたらしい。しかし、これもまた異端審問により弾圧、排除され、結局は中南米の商業経済の発展自体が失われていくのである。
このようにこの著作はスペイン帝国と中南米史を関連づけようとする壮大な概説書であり、日本人にはなじみの薄い中南米史への興味関心をかき立てるものであるが、気宇壮大な反面、歴史の空白やラフスケッチにとどまっているところも多い。
類書の少ない分野だけに、網野氏には中南米社会史・民衆史のわかりやすい著作を引き続き期待したい。
◎2019年3月30日『目くらましの道 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆☆連続猟奇的殺人事件に対する田舎警察の奮闘
力作である。
物語は冒頭、スウェーデンとは全く縁のないドミニカ共和国の貧困な村の話から始まるが、読み進むうちに著者の関心が南北の甚だしい経済格差とそれを背景にした少女人身売買にあることがわかる。
冒頭から舞台は一転、スウェーデンの片田舎で前代未聞の猟奇的殺人事件が連続し、ヴァランダーをキャップとする捜査チームが連日連夜きりきり舞いさせられることになる。
一見、アメリカの推理物によくあるサイコパスとの闘いのような展開で、精神病理学者のプロファイリングのようなものも登場するが、ヴァランダーは精神病者の犯罪と決めつけずに被害者らの接点から犯行の動機と背景を探るという原則的な捜査哲学を堅持し、やがてその犯罪の悲劇的な実相が明らかになる。ここにはサイコパスやプロファイリングといった犯罪小説の流行への著者の批判があると思う。
それにしても、今回のヴァランダーはそれまでの型破りでルール違反の単独捜査ではなく、他の捜査官を信頼するチーム捜査に徹しており、自らの考えを開示しつつ捜査方針を決めていく模範的捜査官に変身している。特に、捜査方針に疑問や批判があると何度も立ち止まって方針を修正しており、狭い見込み捜査に陥らない理想的な捜査といってよいほどである。片田舎の警察署が前代未聞の大事件に真摯に取り組み、地道な捜査手法を積み上げていくところは実に読みごたえがあり、この小説がダガー賞を受賞した理由がよくわかる。
最後に、表題の「目くらましの道」とはなにか。最後まで読めば、犯人の目くらましではなく、捜査官自身が無意識のうちに見たくないものから目を背けているという意味だということがわかる。
ちなみに、原題のスウェーデン語Villospårは英語版の表題“Sidetracked”とほぼ同じで、「脱線」とか「脇道にそれる」という意味のようだ。
◎2019年3月30日『北の十字軍 「ヨーロッパ」の北方拡大』山内進
☆☆☆☆西欧世界の東北フロンティア拡大運動
バルト三国といえばソ連邦崩壊後に独立したイメージが強く、近代の苦難の歴史は知られているが、中世後期の十字軍運動によってカトリック化された歴史についてはほとんど知られていない。
元来十字軍運動自体が聖地回復に名を借りた西欧カトリック世界の拡張運動であり、第4回十字軍などは東ローマ帝国に侵入してコンスタンチノープルを占領して略奪行為を行った。これが西欧世界の東方への拡張であるとすると、「北方十字軍」とは東北への拡張、すなわち東プロイセンとバルト三国のバルト海沿岸地域への拡張運動であったといえる。その担い手はドイツ騎士団などの軍事国家であり、騎士団が十字軍を全西欧に呼びかけ、ローマ教皇のお墨付きを得て十字軍を送り込む。その実態は領土拡張運動そのものであり、その手法たるや、異教徒に対しては虐殺と略奪、婦女子の奴隷化などの無法行為が許されるという思想による蛮行であった。こうした蛮行に対しては、当然ながらバルト諸国側から強力な反撃がなされ、長きにわたる抗争が続き、最終的にドイツ騎士団はポーランド・リトアニア連合軍により決定的な敗北を喫して十字軍運動は終結する。
著者は、この北方十字軍の運動と思想はスペインの国土回復運動(レコンキスタ)と軌を一にし、その後のコロンブス以降の新大陸の植民地化につながるものであるとエピローグで示唆しているが、新大陸でスペインとポルトガルの侵略者が行った虐殺、略奪と文明破壊がカトリックの宣教を伴っていたことはその説得的な裏付けといえる。
この著作では、こうした十字軍運動と思想への対抗として、ドイツ騎士団敗北後のコンスタンツ公会議でポーランド代表の教会法学者ウラディミリが自然法的見地からの異教徒の権利を公然と擁護したことが紹介されているが、これは新大陸のスペイン・ポルトガルの残虐行為を告発した修道士ラス・カサスに通じるものである。
ただ、西欧諸国家や教皇庁の貪欲な領土拡大運動にキリスト教の果たした役割については議論のあり得るところであろう。一方では異教徒に対する支配と略奪の正当化イデオロギーとして布教活動が用いられた一方、ウラディミリやラス・カサスの議論のようにその対抗イデオロギーとしての重要な役割もまたキリスト教は担っている。
現代においても、中南米の「解放の神学」やポーランドの抵抗運動の拠点として教会が果たした役割を想起すれば、宗教イデオロギーの多義性が理解できるのである。
◎2019年3月22日『笑う男 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆臓器売買の闇、掘り下げは今ひとつ
毎回社会派の推理小説として重厚なテーマを扱う刑事ヴァランダーシリーズだが、この回は国際的企業家の裏の顔と臓器売買を扱っている。
ただ、臓器売買の話が出てくるのは後半で、一つのエピソードとして扱われているにすぎず、問題の掘り下げは深くない。
今回はむしろ、うつ病で1年以上休職していた刑事の復帰という点にストーリーの重点が置かれているようだ。
ベテランの敏腕刑事が正当防衛で人を殺したことのPTSDで長期休職を余儀なくされ、一時は刑事を辞めることまで決意する。前作「白い雌ライオン」ではいとも簡単に人を殺す元KGBの非人間的キャラクターが強調されていたが、その対極としてヴァランダーのPTSDは描かれ、人命の重さを問うているのだろう(スウェーデンは死刑廃止国である)。
依頼を断った友人が殺されたことが復職のきっかけとなった点や、復帰するやいなや八面六臂の活躍ぶりで事件を解決していくところなどはいかにもできすぎの感はあるが、復帰後もたびたびトラウマが噴出して悩まされていることやその反面異常なハイテンションで突き進むことなどを見ると、そううつ質の激情的タイプとして主人公が描かれていることがわかる。これは第1作からシリーズ全体を通したものであり、この主人公の特徴的キャラクターがストーリー展開の原動力となり、読んでいてやきもきハラハラさせる物語にしているのである。
◎2019年3月18日『白い雌ライオン 刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆今回は南アのアパルトヘイトの終焉がモチーフに
刑事ヴァランダーシリーズは毎回社会派の重厚なテーマを扱っているが、冷戦崩壊直後の激動し混迷する世界情勢が作家のインスピレーションの源泉となっているのだろう。
今回はスウェーデンから遠く離れた南アフリカのアパルトヘイトがモチーフで、時あたかもネルソン・マンデラがロベン監獄島から30年ぶりに釈放され、デクラーク大統領とマンデラの協力でアパルトヘイト政策の大転換がなされていたときである。マンデラは後に大統領になるが、この小説は白人至上主義者によるマンデラ暗殺計画がスウェーデンの片田舎を舞台に展開され、ソ連崩壊により失業した元KGBも一枚かんで、地元警察を翻弄するという意表を突くストーリーとなっている。
並行して、南アでの陰謀首謀者たちとそれを阻止しようとする緊迫した物語も展開するが、こちらはアパルトヘイト政策の不条理と残酷さがあらためて実感される話となっている。
主人公のヴァランダーは相変わらず刑事らしからぬ単独行動とルール違反がひどく、この回ではほとんど人格的危機にまで陥っているが、それでも懲戒処分になっていないのが不思議である。スウェーデンの警察がルーズというわけではなく(テレビドラマの「Bridge」などを見ると職務倫理違反には厳しい)、小説のドラマツルギーとしてあえてそのような主人公とストーリー展開にしているのだろうが、ディテールのリアリティにこだわる人は不満を感じるかもしれない。
(追記)
つい数日前にニュージーランドで白人至上主義者によるモスク銃撃事件が起き、多数の死者が出た。
移民問題や人種差別問題といったこのシリーズの扱う社会的テーマは全く色褪せておらず、問題が深化していると感じる。
◎2019年3月14日『イブン=ハルドゥーン』森本公誠
☆☆☆☆「ムスリムのモンテスキュー」
この本は「人類の知的遺産」シリーズで1980年に出版されたものだが、私は当時学生で、このシリーズの他のものを何冊か買って持っている。ハードカバーで箱に入ったきれいな装丁で、一流の研究者がその思想家の生涯と主要著作の抜粋、その評価と後世への影響を1冊にまとめるという、学生にはとても便利なシリーズだった。
その後、ハードカバーから文庫へ、さらには電子書籍へと版が変わったのには時の流れを感じる。
かつての「世界の名著」シリーズなどもそうだが、残念なことに古典を手頃に読める出版物が最近はなくなっており、せめて文庫や電子書籍で復刻を進めてもらいたいと思う。
この本もイブン・ハルドゥーンの生涯と主要著作の「歴史序説」の抜粋、その評価と後世への影響を内容としており、読みやすい。「歴史序説」は同じ著者による全訳が岩波文庫から出ているが、こちらは全4冊の大著で絶版となっている。
イブン・ハルドゥーンは14世紀の人だが、「歴史序説」はこの抜粋を読むだけでも近代政治学者の書いたような自由な観点からの政治と社会・経済への鋭い分析が随所に見られる。また、我々にはなじみの薄い砂漠の遊牧社会と都市の対比などは興味深い。
何よりも、イスラムの厳しい宗教秩序とスルタンや地方権力の支配の下にあり、自らも政治に関わって波瀾万丈の生涯を送りながら、これだけ客観的で自由な論述がなされたという事実にまず驚愕する。例えば、王朝の勃興からその堕落と衰退、滅亡に至る過程を歴史観察者の冷静な目で描いているところなどは、体制の御用学者には到底書けないものであろう。
また、「名門は4世代で終わる」として、創始者は何が創始に値するかを知っており、2代目は創始者からそれを学ぶが経験から得ていないために劣る、3代目は模倣と伝統への盲従者であり、4代目は築き上げられた栄光の由来を知らず、血統以外の何ものでもないと信じているために栄光を破壊するという。まさに現代においても見られる名門名家の没落をシニカルに表現しており、面白い。
イブン・ハルドゥーンはその政治力学の分析視点として親族や民族等の集団の「連帯意識」を重視しており、その形成と強化、維持が集団の興亡のカギだととらえているが、これはロックやホッブス以降の近代政治学における国民国家形成の問題意識に通じるものであり、近代ヨーロッパ知識人がイブン・ハルドゥーンを「ムスリムのモンテスキュー」と評価したことが理解できる。
また、経済的価値の本質を労働にあると看破して、農業や商業の分析をしているところなどは労働価値学説を彷彿させる。
ただ、これらはいずれも抜粋でごく一部を紹介されているだけなので、「歴史序説」本体の電子書籍化が望まれるところである。
◎2019年3月13日『リガの犬たち
刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆刑事物が途中からハードボイルドに
スウェーデンの片田舎の海岸に流れ着いた救命ボートに2人の射殺死体。
この死体をめぐる謎解きは普通の刑事物として始まり、死体の身元や救命ボートの謎を解き明かすミステリーとして展開していくが、死体がバルト海の対岸のラトヴィアから流れ着いたものだと判明し、ラトヴィアから派遣された刑事との合同捜査を経て、事件がラトヴィアに移送されるあたりから物語がにわかに急転回し、スパイ物もどきのハードボイルドタッチになっていく。これは刑事ヴァランダーシリーズでは異色の展開といえるだろう。
この著作が書かれたのはソ連崩壊直前であり、当時ソ連邦内だったバルト三国の独立運動も活発化していた。
ベルリンの壁の崩壊に続く東欧諸国のドミノ倒しのような民主化で、ソ連の支配も末期的だったと思われるが、それだけに守旧派の暴力的な締め付けもあったはずだ。そういう時代背景を考えると、ハードボイルドタッチもあながち現実離れしたものではないだろう。
いずれにせよ、この小説では、ジェームズ・ボンドのようにかっこよくはないが、ヴァランダーのドンキホーテのような無謀な騎士道精神の発揮が楽しめる。
なお、著者あとがきでソ連のクーデターは小説完成数ヶ月後の1991年春と書いてあるが、正確には1991年8月19日である。著者の勘違いか翻訳ミスか。
守旧派のクーデタ失敗後に事態は急展開し、バルト三国の独立承認は同年9月6日、ソ連の消滅は同年12月17日である。
◎2019年3月9日『殺人者の顔
刑事ヴァランダー・シリーズ (創元推理文庫)』ヘニング・マンケル
☆☆☆☆☆今も色褪せない社会派警察小説シリーズ
刑事ヴァランダーシリーズはkindle化された後期のものから読んでいるが、初期のものもkindle化されてきたようでうれしい。
著者マンケルは残念ながら近年亡くなったが、社会問題に真摯に向き合う読み応えのある推理小説をたくさん書いている。
この「殺人者の顔」では移民問題が取り上げられているが、近年のEU諸国の直面する移民問題を先取りした感があり、テーマが全く色褪せていない。
また、妻との離婚や親子問題といった私生活上の悩みをかかえながら捜査に携わる刑事という設定も近年は珍しくないが、その先駆け的なシリーズといえるのではないか。
現代のような携帯電話やEメールを利用したリアルタイムの連絡や街中に設置された防犯カメラの利用といったハイテク捜査手法はないが、昔ながらの地道な捜査の苦労と基本に徹する着実さにかえってレトロな味わいがある。
北欧の荒涼とした風土やバルト海の寒々とした海岸風景が空気感を持って描かれているのも、このシリーズの魅力といえる。
なお、柳沢由美子氏の翻訳はとても読みやすくて優れている。引き続きシリーズのkindle化を進めてほしい。また、未翻訳のものの刊行も期待したい。
◎2019年2月5日『十二世紀のルネサンス ヨーロッパの目覚め』チャールズ・ホーマー・ハスキンズ
☆☆☆12世紀「ルネサンス」を鳥瞰した入門書
ブルクハルトが名著「イタリア・ルネサンスの文化」を書いたのが1860年。これによって「ルネサンス」の言葉が定着した。
これに半世紀以上遅れてこの「12世紀のルネサンス」が書かれたわけだが、当然、著者はブルクハルトを意識していたはずである。
今日ではイタリア・ルネサンスに先立つ12世紀ころからヨーロッパ中世文明が勃興したことは歴史の常識に属する。「暗黒の中世」のイメージを払拭したのは著者その他の中世史学者の努力によるものだろう。
確かに、ダンテが「神曲」を書いたのはイタリアルネサンスに先立つ13世紀である。ダンテは神学の枠組みを意識した中世人であると同時に、人間の生々しい生き様をラテン語ではなくイタリア語で書いたルネサンス人でもあった。ダンテの生きた13世紀を過渡期とすると、12世紀はイタリア・ルネサンスを準備する胎動期であったといえるだろう。
古典復興という点では、ギリシャの文物は12世紀には直接ヨーロッパにもたらされることはなく、シリアから北アフリカを通ってスペイン経由の長い旅路でヨーロッパへもたらされた。したがって、ギリシャ語からシリア語、ヘブライ語、アラビア語、ときにはスペイン語を通じてラテン語に翻訳された。ギリシャの知的遺産の伝播力に感動するとともに、優れた文明を取り込んで伝播したイスラム世界の功績も讃えられるべきである。
ただ、この著作は碩学が12世紀ヨーロッパ文化を文字通り「鳥瞰」したインデックスのような本であり、膨大な人名、地名、著作等が紹介されるが、反面、深く掘り下げた論述が避けられているため、これから中世文化を研究しようという人以外には物足りないであろう。その点で、ブルクハルトの名著のようなわくわくさせる躍動感や感銘は得られないように感じる。
個人的に面白かったのは、中世ヨーロッパ知識階層の共通語であるラテン語が各地域によって独自の発展を遂げて、いわば方言のようなものまであったということ。パリ大学やボローニャ大学のような草創期の大学が、元は学生と教授のギルドから自然発生的に形成され、やがて教会や貴族の援助を受けて今日の大学の基礎となって発展した経緯がやや詳しく触れられているところなどである。
また、哲学者・神学者の中では、「アベラールとエロイーズ」の往復書簡で有名なアベラルドゥスが比較的たくさん言及されていて、この才気煥発で論争好きの学者の一面が興味深い。その著作「然りと否」は神学上の命題の矛盾・対立を摘示した論題集だが、矛盾・対立から自由な理性的な議論が可能となる。これはまさにプラトンの対話編で用いられた方法であり、これがスコラ哲学の弁証法として発展していくのである。
(ボローニャ大学 2009年4月撮影)
◎2019年1月21日『大統領失踪 上下 (早川書房)』ビル・クリントン
☆☆☆☆サイバーテロに対する現代世界の脆弱さを考えさせられる
あのビル・クリントン元大統領が執筆者ということでつい買ってしまったが、アメリカ政治の仕組みやサイバーテロについて興味がある人には面白いと思う。特に、ホワイトハウス内部の様子や職員の動きは、経験者でなければ書けないリアリティがある。スリラーとしてもそれなりによくできている。
サイバーテロによってアメリカ社会が政治や軍事機能のみならず、経済や金融機能まで全面的に麻痺し、個人の預金確認もできなくなり大混乱に陥るというのは確かにホラーであり、本当なのかと思うが、科学技術が高度化しIT依存が高まればかえって社会や文明の脆弱性が高くなるという逆説はありそうなことである。
そういえば、日本でも銀行のシステム不具合で数日間預金の引き出しや送金ができなくなったり、北海道の地震では一部の発電所の停電で全道がブラックアウトに陥るという事件があった。セキュリティをイタチごっこのように永続的に高め続けていくしかないのだろうが、それでもどこかに原始的なバックアップは必要なのだろう。
この小説では敵と味方の区別もはっきりしている。大統領がサイバーテロの危機対応で協力を求めたのはイスラエルとドイツであり、他方、テロの黒幕としてはロシアが名指しで疑われている。元大統領が書いているだけに、ただの小説と流せない重みがある。アメリカでは現在ロシア疑惑捜査が進行中ということもあるし、EU諸国とロシアの対立も背景にある。プーチン政権になってから、旧ソ連時代のような冷戦が復活しているのかもしれない。
なお、日本は幸か不幸かカヤの外である。
◎2019年1月12日『平家物語(上下) (角川ソフィア文庫)』
☆☆☆☆☆壮大な叙事詩の語りを原文で味わいたい
「諸行無常、盛者必衰」の冒頭で有名な平家物語だが、仏教的無常観というよりも、むしろホメロスの「イーリアス」のような叙事詩として読む方がよい。琵琶法師の語りである点もホメロスに似ている。語りゆえに古文でもわかりやすいし、なによりも七五調のリズム感と美しい文体は原文でなければ味わえない。
例えば、教科書にも引用される宇治川の先陣争いの段。宇治川の朝霧が徐々に晴れる情景が絵に描いたように歌われ、騎馬武者たちのはやる気持ちが臨場感満点で伝わってくる。梶原景季と佐々木高綱の馬をめぐる遺恨がらみの先陣争い、大串重親の助け上げられての名乗りのユーモラスさなど、構成が実に巧みで面白い。
また、那須与一の段。沖には平家、陸には源氏を観客のように配し、息を呑む緊迫感で放たれた矢が扇を見事に射ると、矢は海に入り、扇は空へ揚って春風に揉まれて海に散る。平家方は船べりを叩いて感じ入り、源氏方は箙を叩いてどよめく。まるで屏風絵を見るような見事な描写である。
その他、都落ちの際に歌人藤原俊成に自己の歌集を託した忠度、一ノ谷で名だたる武将が討ち死にする際の各々の特色ある描写、敦盛を討った熊谷直実の悲痛さ、維盛の出家と入水、壇ノ浦の滅亡時の武将たちの勇壮あるいは懦弱な振る舞い、女性たちの悲喜こもごもなど、登場人物の性格と行動が見事に書き分けられており、見所満載で飽きさせない。
このソフィア文庫版がkindle で最も手軽に入手できる。注は簡潔だが読むには十分だろう。kindle だと難しい単語は長押しすれば国語辞典が表示されるので便利である。
◎2019年1月11日『闘う文豪とナチス・ドイツ - トーマス・マンの亡命日記 (中公新書)』池内紀
☆☆☆☆ハンス・カストルプの闘いと苦悩
「魔の山」の主人公ハンス・カストルプは一時的滞在の予定だった国際サナトリウムに7年も滞在することとなり、そこで啓蒙的進歩主義者セテムブリーニとその論敵でブルジョア民主主義を否定するナフタの激しい論争に巻き込まれるが、自らの自由な立場を維持する。
ナフタの議論はヒトラーやスターリンの登場を予言するかのようであるが、奇しくもマン自身がドイツを追われ、魔の山以上に長いアメリカの亡命生活を強いられる。
ドイツ人亡命者のコミュニティは「魔の山」の国際サナトリウムを彷彿させ、ツヴァイクやブレヒトたちとの交流では「魔の山」で交わされたような議論がなされたであろう。マンは反ナチスの闘いに身を投じているが、ハンス・カストルプのように自らの自由を維持して自由主義や共産主義のイデオロギーには与しない。
いわば孤高の闘いであり、ナチスの敗北の後もドイツ国内には戻らず、赤狩り旋風が吹き荒れるアメリカから「二度目の亡命」を余儀なくされる。マンの日記は個人の自由のための闘いがいかに困難かを示している。
この日記には日本の2.26事件や軍国化への言及もある。マンの妻の双子の兄が上野の音楽学校の教師をしていたからだ。ナチスドイツと当時の日本は双生児のように見えた。
ニュルンベルク裁判が勝者の裁判だという批判に対しマンは、この裁判は「諸国民の良心の中に根付く平和の法」に根拠を持つものだと擁護する。これは東京裁判にも当てはまるものであり、マンのドイツ国民に対する苦い批判は日本人も他人事ではない。
なお、最終章でマンの子供たちがマンを魔術師と呼んでいたことが紹介されているが、おそらく「魔の山」(Zauberberg、英語はMagic mountain)と無関係ではないだろう。
この膨大な日記を紹介してくれた池内氏に感謝する。ただ、マンの評価については、氏の専門のカフカに引きつけすぎのようにも感じる。できれば、「魔の山」の新訳に挑んでもらいたいと思う。
(追記)残念ながら池内氏は2019年8月30日に死去されました。心からご冥福を祈ります。
◎2019年1月8日『ブッデンブローク家の人々(下)』トーマス・マン
☆☆☆☆☆生きづらさの苦悩がひしひしと伝わる
下巻は3代目のブッデンブローク家当主トーマスを軸に物語が進行するが、旧家没落の影は加速度的に強く感じられるようになる。
特に、トーマス自身の性格と苦悩の描写は圧倒的である。事業家として多数の失敗もしながら一応の地位を築き、市参事会員の公職にも選ばれて「市長の右腕」としての一見華やかな日々を送っているが、その内面は、華やかな社交的生活を演技する自己に疲弊しきり、退行しつつある精神とむしばまれる肉体に鞭打って家長としての日々を送っている。その苦悩の描写は読む者を息苦しくするほど切迫したものである。まさしく「中年クライシス」そのものであり、一見活動的な人が陥りやすい抑うつ症状を想起させる。これを20代の若き作家が書いているのだから驚く。
他方、もう1人の主人公であるアントーニエ(トーニー)は、2度の結婚生活に破れ,娘の結婚も無残な結果に終わる不幸を現実に体験するが、その不幸を外的一時的に発散して乗りきる力強い女性として、トーマスとは対照的に描かれている。いわば物語の狂言回し、あるいはトリックスターのような役割りを担っているが、彼女を含め総じて登場人物の女性はステレオタイプで底の浅い人物のように感じられる。19世紀の女性の社会的役割が反映しているのであろうが、著者の女性観が垣間見られるようで興味深い。
なお、一族の栄華の最後の輝きのように描かれるクリスマスの長大な場面は圧巻であり、北ドイツの厳しい冬を生きる旧家の人々の楽しみを彷彿させる。
また、終わり近くで描かれるトーマスの息子「小さなヨハン」の学校生活の風景は、当時の学校生活と子どもたちの様子を生き生きと微笑ましく写し出しており、没落の陰影に小春日和が訪れるような印象を読者に与える。
こうした魅力的な描写を含む巧みな構成で、長大な大河小説を飽きさせずに読ませる著者の作家としての力量をあらためて実感する。
この小説も「魔の山」も最近の翻訳がないが、もっと読まれてよい傑作だと思う。
◎2019年1月3日『ブッデンブローク家の人々(上)』トーマス・マン
☆☆☆☆ハンザ都市リューベックの大商人家族の没落を描いた大河小説
物語の舞台となる19世紀のリューベックは中世のハンザ同盟の盟主として繁栄した自治都市で、1871年のドイツ帝国成立までは主権国家、その後もナチス政権下までは州としての自立性を保っていた。この物語にはブッデンブローク家の歴代当主をはじめ何人も「領事」(Konsul)という肩書きの人物が登場するが、おそらく主権国家ゆえに有力な大商人が領事の地位に就いていたのだろう。
小説の内容はリューベックの名家であるブッデンブローク家の3代にわたる物語であるが、ドイツ語の副題が「ある家族の没落」(Verfall einer
Familie)とされているように、由緒ある旧家が19世紀の市民革命や新興ブルジョアの勃興、さらにはドイツ統一の時代の波の中で没落していく物語である。3代の当主を中心に、その家族や周囲の人々の生き様を描く、まさに大河小説と言っていい。
トーマス・マンの作家としての力量は、人物の体や顔つき、服装、言葉遣いの微に入り細を穿った描写や、建物やその家具調度品の臨場あふれる描出に、並々ならぬものが感じられる。19世紀小説的リアリズムともいえるが、多数の登場人物を名前だけでなくその癖や特徴で繰り返し書き分けているところはワーグナーのライトモティーフのようでもある。他方、人物の心理描写は19世紀フランス小説のように濃密ではなく、事件が淡々と描かれるなかで、人物の心理は読者の想像力を喚起するかのように暗示的に示される。
この小説では北ドイツの旧家の人々の暮らしぶりや意識が興味深いが、中でも敬虔なプロテスタントのカトリックに対する蔑視と言っていいほどの対抗心や、ミュンヘン(当時はバイエルン王国)の文化や言葉を全くの田舎者扱いしている点には、統一が遅れたドイツの歴史性を感じる。
なお、日本語版はkindle版ではこれしかないが、翻訳はまずまずで悪くはないと思う。特に、著者がドイツ語の話し言葉の癖や方言を書き分ける高度なテクニックを用いている箇所は日本語にしにくいところだろうが、かなり工夫して訳出しており、評価できる。ただ、上記の「領事」の意味や歴史的地域的背景は注記してほしいところである。
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