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2026年後半読書日記

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  【2026 年後半】 ◎2026年7月4日『たったひとつの雪のかけら』ウン・ヒギョン   ◎2026年7月4日『たったひとつの雪のかけら』ウン・ヒギョン ☆☆☆時間と風景の中の一コマとして切り取られた人々の日常  『「なむ」の来歴』をレビューしたついでに、その著者である斎藤真理子の詩を表題にした本書も読んでみた。  表題の短編を入れて 6 編の連作短編集で、注意して読むと登場人物の関わりが見えてくるのだが、その関わりが全く偶然のもので、物語のストーリー展開にまったく影響していない。これは驚くべき構成で、おそらく意図的なものだろう。訳者のあとがきによると、冷笑、孤独に加えて偶然が「作家が魂をこめて描写してきた人生の本質のうちの一つ」とのこと。  最後の『金星女』が全体を俯瞰するような作品だが、時代は日本植民地時代の末期から 21 世紀の初めころまでで、ソウル郊外のニュータウンを主な舞台に、3世代にわたる登場人物たちの物語が描かれる。物語はどれも日常の一コマを切り取ったような感じで、淡い少女の恋心や海外留学先の不安と失望、自殺した姉の葬儀などが描かれるが、劇的な展開はない(海外留学の話がたびたび出てくるのは、狭い国内市場から海外をめざす韓国の中流階層の志向のようであり、その対象は日本や中国ではなくアメリカが多いと聞く)。  『ドイツの子どもたちだけが知っているお話』の主人公は、友人のマフラーをバスに置き忘れたためにわざわざ編み物教室に通って自分で編もうとするのだが、日本ならすぐにバス会社に連絡して忘れ物を確保しようとするのにそうしない(韓国ではそうしない事情があるのか?)。このような些細な違和感が重なって、物語に没入できない。  また、『金星女』で主人公の姉の自殺理由は結局わからないままだが、このような登場人物の行動や心理の動きがあえて未消化のままにされて終わっている。  結局、時間の流れと風景の変化が作品の主題であり、人物の行動や心理はその時間と風景の中で切り取られた一コマの写真のようになっているのである。 日本植民地時代の西大門刑務所跡(記念館) 2013年7月撮影